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大学受験参考書を読む(7)安藤達朗「日本史講義 2 時代の特徴と展開」

駿台予備学校駿台文庫から出ている安藤達朗「日本史講義・時代の特徴と展開」(1994年)は、もともとは全五巻で刊行された駿台レクチャー叢書(そうしょ)「安藤の日本史講義シリーズ」の中の一冊で、日本史の大学受験参考書の名著であるにもかかわらず、本シリーズは今や絶版・品切の入手困難である。しかし、第二巻に当たる「時代の特徴と展開」だけは継続で今も刷り続け、おかげで比較的安価な定価で現在でも入手できる。

本書は、論述問題対策として「時代の特徴と展開」という歴史の原理を本質的に押さえた、暗記して覚える日本史ではなくて理解して分かる重厚で硬派な「日本史講義」である。今でも他に類書の本格記述な論述対策の日本史参考書がない分、この第二巻のみ絶版にしていないところに駿台予備学校の「良心」を私は感じる。同時に、かつての日本史科主任・安藤達朗に対する駿台日本史科の先人へ敬意の念を私は勝手に感じてしまって感動せずにはいられない。昔、安藤師が亡くなった時、駿台の機関誌「駿台フォーラム」に掲載された日本史科の同僚講師の方が書いた安藤達朗の追悼文を読んだことがある。もう手元にないのだが、安藤達朗が終生学問的関心の情熱を注いだ日本史の時代区分論に絡(から)めた、あの追悼文は心に残る良文だった。

「日本史講義・時代の特徴と展開」は実によく出来た参考書で、本書の前半章を占める土地制度史の記述は必読だ。日本は近現代に入るまで、ほとんどの人々が第一次産業の農業従事の農業国だから農業技術や生産方式、農地支配や税制にまつわる土地制度史を根本から理解することは重要である。そうした土地制度史に関する原理的な歴史用語を自分なりに整理し、類似概念の違い区分を明確にして、時代の変遷を押さえ筋道立てて説明し書けるようしておかなければならない。例えば「墾田地系荘園寄進地系荘園の違い」とか「守護と国人の相違」や「荘園公領制─守護領国制─大名領国制─大名知行制の変遷・経緯」をどれだけ上手に論述できるかにかかっているといえる。

ところで、日本近世史での幕藩体制の崩壊に関し、「生産力の発展─余剰作物や商品作物の増大─農村への貨幣経済流入─農民の階層分化・本百姓体制の崩壊─幕府と藩の収入減少・貨幣支出の増大による財政難─幕藩改革の断行と失敗─幕藩体制の崩壊」といった社会経済史の分析視角から江戸幕府崩壊の歴史を論じることは、日本史学において定石(じょうせき)であり、定番の思考である。ある教授が、この話を大学講義にてした時、「それってマルクス主義ですね」と学生に言われ、「最近の学生は社会経済の分析を噛(か)ませただけで何でもマルクス主義と安直に思い込む。あれは昔からある江戸近世史の常識で基礎的な議論なのに、歴史の基本構造や時代特徴の変遷を全く主体的に考えようとしない」と教授が激怒して嘆く、「最近の大学生は全然なっていない」云々の、学問指導に際し若い学生に対して年長の教師からの不平不満が入る毎度のボヤキ会話が、私が出入りしていた大学の研究室にて以前にあった。

その際の話の結論は、今の大学生は大学受験にて予備校の受験産業の悪影響を余りに受けすぎていて、周到な過去問研究で頻出歴史用語を単に押さえたり、体裁よくまとめられた目先の要領技術だけで大学合格して進学してくるから、大学進学後も受験勉強の延長感覚で日本史研究をやろうとする。昨今の学生提出のレポートや卒業論文は、無難に薄められた、まさに大学受験参考書の引き写しのような、歴史事項の表面的なまとめ整理や表層の人物や事件や史料読解ばかりに拘泥(こうでい)し溺(おぼ)れて、歴史の本質や時代の基本構造や特徴の展開過程を広い視野から全体的に深く考えようとしない。そうした深刻な問題を今の学生は抱えている。とりあえずは、そういった結論にたどり着いたのであった。

その時に私は、「無難に薄められた大学受験参考書のような歴史事項の表面的なまとめ整理や表層の人物や事件や史料ばかりに拘泥し溺れることのない、歴史の本質や時代の基本構造や特徴の展開過程を広い視野から全体的に主体的に深く理解することの肝要さ」の指摘に結びつけて、安藤達朗「日本史講義・時代の特徴と展開」のことを咄嗟(とっさ)に思い起こし、以前に繰り返し何度も読んだ本書の内容をその場で可能な限り反芻(はんすう)していた。

駿台予備学校安藤達朗には実際にお会いしたかったし、氏の講義を直接に受けてみたかった。安藤師の日本史講義が昔から好きで、ずっと尊敬していたから。「日本史講義2・時代の特徴と展開」だけでなく、安藤達朗「日本史講義」の他の巻も全巻復刊・再発されることを私は切に願う。