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江戸川乱歩 礼賛(12)「屋根裏の散歩者」

江戸川乱歩の短編と長編を含めた全時代(オールタイム)ベストを選ぶとすれば、おそらく世人の一致するところで初期短編の「屋根裏の散歩者」(1925年)は必ず上位に位置するに違いない。少なくとも私の場合、乱歩のオールタイムベストとして「屋根裏の散歩者」は三本の指には確実に入る。それほど魅力的な作品だ。話の概要は、およそ以下である。

「郷田三郎は学校を出ても定職に就かず、親の仕送りを受けて暮らしている。酒、女をはじめあらゆる遊戯に興味を持てず、この世が面白くなく退屈な日々を送り、下宿を転々としていた。ここで郷田は友人の紹介で素人探偵の明智小五郎と知り合い、『犯罪』に興味を持つようになる。浅草公園で、戯(たわむ)れに壁に白墨で矢印を描き込んだり、意味もなく尾行してみたり、暗号文をベンチに置いてみたり、また労働者や乞食、学生に変装してみたりしたが、ことさら女装が気に入って、女の姿できわどい悪戯(いたずら)をするなど、『犯罪の真似事』を楽しみ始めた。 郷田は新築の東栄館に引っ越した。明智と知り合ってから1年以上が過ぎ、郷田は再び空虚な時間を持て余していた。ある時、郷田は偶然に押し入れの天井板が外れ、屋根裏に通じていることに気付く。その日から、郷田の『屋根裏の散歩』が始まった。屋根裏は各部屋の仕切りがなく、節穴(ふしあな)から同宿人たちの私生活が筒抜けだった。郷田は他人の秘密の盗み見に、すっかり夢中になってしまう。そうして、郷田は虫の好かない歯科医助手の遠藤が口を開けて眠っているのを屋根裏の真上から見ているうちに、節穴から毒薬を垂らして遠藤を殺害する完全犯罪を思いつくのだが…」

江戸川乱歩の作品は、実はよく翻訳され海外で紹介されていて、それなりの世界的な乱歩評価もあり乱歩ファンは外国にも昔からいるらしいが、誠に残念なことに「屋根裏の散歩者」は翻訳されずに海外流通していないか、後に翻訳されても国内人気であるほどには、そこまでかの外国では人気作ではないらしい。それは生前の江戸川乱歩いわく、「(『屋根裏の散歩』は)私の代表作の短篇集には、いつも入れられている。しかし、英訳短編集にははいっていない。西洋人には天井裏というものがわからないだろうと思ったからである」。

加えて、本作には、執筆当時の日本の近代化や都市化に伴い、賃金労働者や遊学で地方から様々な人が都市に流れてくる世相を見事に押さえている。働かなくても生活できる「高等遊民」という人達も出てくる。特に高等遊民は仕事をしなくても生活にゆとり(お金)があって基本ヒマだから、なかには馬鹿なこと考えて実行する人も出てくる。例えば夜毎の人知れずな「屋根裏の散歩」など(笑)。江戸川乱歩の「屋根裏の散歩者」は、モラトリアムな高等遊民与太郎の与太話的な「奇妙な味」も読んで読後に残る絶妙さだ。

「屋根裏の散歩者」は倒叙形式の探偵小説である。犯人たる郷田三郎の「完全犯罪」の行動を最初から時系列で読者に読ませて、ラストで「完全犯罪」なはずだったのに、なぜ犯行は露見し探偵の明智小五郎に見破られてしまったのかを楽しむ倒叙記述の探偵小説だ。昔で言えばテレビ映画「刑事コロンボ」のような話運びの展開である。

「屋根裏の散歩者」は、その倒叙記述の際の自殺に見せかけたが他殺の殺人であった犯罪露見の契機たる「目覚まし時計」と、郷田三郎が他ならぬ犯人である証拠の「煙草の習慣」の二つの小道具の使い方が優れている。特に後者の「煙草の習慣」云々は、間接的な心理的抑圧から類推され結果、証明されるものであり、思えば江戸川乱歩という人は探偵推理に心理的要素を取り込むのが異常に上手な人であった。「屋根裏の散歩者」と同じく私立探偵・明智小五郎が活躍する、乱歩の「心理試験」(1925年)も心理物探偵小説の傑作として私は感嘆する他ない。当時の同時代の探偵推理の中で「心理試験」は明らかに頭一つ抜けて傑作であるし、今読んでも確実に面白い。乱歩の「屋根裏の散歩者」と「心理試験」は、これからも傑作として後々まで「江戸川乱歩」の名と共に長く歴史に残り、末長く読まれ続けるのではないか。

「屋根裏の散歩者」は映画やテレビドラマにて多く映像化されている。私は監督が実相寺昭雄、出演が三上博史嶋田久作の映画版「屋根裏の散歩者」(1994年)が昔から気に入っている。本作には、江戸川乱歩の妖(あや)しい世界観を見事に映像化できていると以前、鑑賞時に実に感心させられた思い出がある。