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江戸川乱歩 礼賛(14)「化人幻戯」

「化人幻戯(けにんげんぎ)」(1955年)は、江戸川乱歩が六十歳の還暦記念パーティー席上にて「還暦を機に若返って新作を書きます」と明かしたもので、江戸川乱歩ひさびさの本格長編である。しかも、初出連載は推理ミステリー雑誌「宝石」ということで往年の江戸川乱歩ファンには、いやがおうにも期待が高まるらしく、例えば当時の中井英夫など乱歩の「化人幻戯」連載が決まって以下のような喜びようであった。

「昭和二十九年から三十年にかけて、古くからの探偵小説ファンは、思わぬ嬉しい贈り物を受け取ることになった。江戸川乱歩が還暦を期して『化人幻戯』を『宝石』に、『影男』を『面白倶楽部』に連載し始めたからである。大乱歩の新作長編が読めるなんて、マアどんなにか倖(しあわ)せなことだったろう」

しかし当の乱歩にしてみれば、本格長編「化人幻戯」の出来には相当な不満が残ったらしく、後日、乱歩みずから「私のすべての長編と同じく、これもまた失敗作であった」と断じている。以下「化人幻戯」に関する、そうした江戸川乱歩の「自註自解」である。

「昭和二十九年は私の還暦に当たり、東京会館で盛大な祝賀会を開いてくださったのだが、その席で私は調子に乗って、…還暦を機会に若返って、来年は必ず小説を書きますと宣言したのである。その口約を守って、三十年には、この『化人幻戯』の『宝石』連載と、『影男』の『面白倶楽部』連載と…私としては相当の仕事をしたわけである。その中では『化人幻戯』は最も力を入れたはずであったが、長編構想の下手な私は、書いているうちに筋や心理の矛盾が無数に現われてきて、例によって、そのつじつまを合わせるために、毎月毎月苦労したのだが、トリックにはほとんど創意がなく、犯罪動機には新味があったけれども、万人を納得させる必然性に乏しく、私のすべての長編と同じく、これもまた失敗作であった」

さらに乱歩は続けていう。

「『化人幻戯』とは妙な題をつけたものだが、化人は女主人公の妖怪性を表わし、幻戯はその犯罪トリックの魔術性を意味したのである。例によって一人二役、変身願望を描いたもので、私の執拗な好みは六十才を越してもなおらなかったのである。それにもう一つの不可能興味『密室』まで取り入れたのが、かえってこの作の弱点になっている」

江戸川乱歩「化人幻戯」は、全体の読み味としては過去作「陰獣」(1928年)と似ている。本作は「三つの殺人と二つの殺人未遂」の事件概要であり、犯人と探偵・明智小五郎との対決である。本格推理の長編であるが、江戸川乱歩ファンなら読み始めて犯人はすぐに分かる(笑)。レンズ狂、探偵小説マニア、暗号解読、変装願望、異常性癖、密室殺人、閉所愛好、時間錯誤のアリバイ(現場不在証明)トリック、壮大推理のミスディレクションの策略ら、相変わらずいつもの乱歩節炸裂であり、やはり「陰獣」と同様「江戸川乱歩の楽屋落ち」長編という感じが私はする。

確かに乱歩自身が言うように「密室」の取り入れは唐突で取って付けた感があり、小説の本筋と密室殺人が有機的に絡(から)み合っていない。「別にここで密室殺人をわざわざやる必要はないのでは!?」と率直に思ってしまう。ただ乱歩が自認するように、犯人の「犯罪動機には新味がある」のは確かで、ラストで犯人が名探偵・明智小五郎に敗北した後でも、過去の連続殺人の罪業(ざいごう)がばれていながら何ら悪びれることなく良心の呵責(かしゃく)が一切なく、警察が逮捕に来るまでのあいだ退屈で、「こういうときの時間つぶしのためにトランプがあるといいのに。時間つぶしはトランプ遊びに限る」旨の、あっけらかんとした発言は「化人」たる犯人にとっては冷酷な連続殺人も「幻戯」の遊びでしかない、性格破綻の精神的異常さを読み手に強く感じさせて読後の印象に深く残る。あとは第一の殺人にて遠方の断崖から人を落とす犯行で、事前に「ハンカチをわざと落として」それから殺害の一部始終を双眼鏡で関係者に目撃させる、いわゆる「見せる」殺人演出の趣向は、その着想と手際(てぎわ)共に非常に優れている。

「(「化人幻戯」は)トリックにはほとんど創意がなく、犯罪動機には新味があったけれども、万人を納得させる必然性に乏しく、私のすべての長編と同じく、これもまた失敗作であった」など、乱歩もそこまで悲観し落胆することはないのではないか。江戸川乱歩「化人幻戯」は、読んでいて少なからず私は楽しめた。

本作は以前にテレビドラマ化されている。天知茂が名探偵・明智小五郎を演ずる「江戸川乱歩の美女」シリーズで、「エマニエルの美女・江戸川乱歩の『化人幻戯』」(1980年)という作品があった。あのドラマは第一の断崖での殺害トリックや犯人の殺人動機の告白が原作に忠実で、映像化された歴代乱歩作品の中でも割合よく出来ている方だと思う。