アメジローのつれづれ(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。

江戸川乱歩編「世界短編傑作集4」

時代順に傑作短編を並べていくアンソロジー、江戸川乱歩編纂(へんさん)「世界短編傑作集4」。

(以下、江戸川乱歩編「世界短編傑作集4」収録短編の核心トリックに触れた「ネタばれ」です。「世界短編傑作集4」を未読な方は、これから本作を読む楽しみがなくなりますので、ご注意下さい。)

最初のヘミングウェイ「殺人者」、これは簡潔な文体、本格にありがちな説明じみたクドい記述はなしのハードボイルドの走りで、イントロのような短編だ。続いてハメット「スペードという男」は、主人公の私立探偵=サム・スペードの魅力的なキャラクターに惹き付けられる。本書アンソロギーを読む者には、サム・スペードが活躍する長編「マルタの鷹」も是非、読んでみたいと思わせる。

フィルポッツ「三死人」。この人は長編「赤毛のレドメイン家」を書いた人でもあります。「赤毛のレドメイン家」といえば、戦前日本の貴重な本格作家の蒼井雄が「船富家の惨劇」において、犯人が探偵役の推理小説マニアに事前に「レドメイン家」の本を贈って読ませておいて、それから事件起こし、推理を誘導し混乱させる…あのあざやかな小道具の使い方が、個人的に強く心に残る。そして、この「三死人」は、ていねいな人間観察(性格分析!)が解く殺人事件の謎。最後の「当事者の性格さえ研究すれば…」云々の、探偵捜査に関する口上に思わず納得である。

クィーン「は茶め茶会の冒険」。やっぱエラリー・クィーン上手。これは「不思議の国のアリス」を踏まえた、いわゆる「見立て殺人」なのだけど、殺人犯が遺体を見立てて、わざわざ皆に発見させるのではなく、逆に犯人を追及する探偵役のクィーンや刑事らが手を加えて「不思議の国のアリス」の物語に添うよう、わざわざ死体に細工をする。すると、実際に殺人に手を染めた犯人は「自分は遺体に見立ての細工をした覚えないのに…なぜ!?」で、混乱してパニックになって、思わず犯行を自白してしまうという策略。だから見立て殺人をやるのが殺した犯人ではなくて、その犯人を追及して自白させようとする探偵や刑事たちが、裏方でせっせとやってるという、「見立てをやる主体が逆パターン」な話である。エラリー・クィーンは古今の様々な探偵推理を知ってるから、逆発想とか盲点の逆パターン突くのが非常に上手い。ついで名探偵のクィーン君が活躍する「エラリー・クィーンの冒険」と「新冒険」は、本当にスマートで珠玉な短編の宝庫で、私はかなり好きだ。

探偵推理の定番テクニックに「ミスディレクションのミスリーディングで読み手の誤読を誘う」というのがある。作者が作中の、ある特定人物に対し「この人が果てしなく怪しい…多分こいつが犯人だ!」という状況証拠や不審な行動記述を散々重ね、「やっぱり彼が彼女が犯人に違いない!」と読み手に思い込ませて誤読のミスリーディングを誘っておいて、しかし最後の最後で読者が今まで全くノーマークだった意外な人物を真犯人として明かし読み手を驚かせる手法である。

セイヤーズ「疑惑」など、ミスディレクションでミスリーディングの基本の基本で、お手本のような短編である。「いつも密(ひそ)かに少しずつ食事にヒ素を混入」の犯人がいて、話の最初から読者に「ミスリーディング」やって飛ばす、飛ばす(笑)。読み手を散々「誤読」で引っ張り、特定の人物に「疑惑」の目をずっと振り向けておいて、しかしラストで意外な全く別の真犯人を提示する。本作での最後のたった4行、あの破壊力ときたら面白い。

コップ「信・望・愛」は、一言でいえば「因果応報な話」である。脱獄3人衆のそれぞれの「因果応報な」運命。ウォルポール「銀の仮面」は、「廂(ひさし)を貸したら母家を取られる」恐怖な話、もしくは探偵推理やミステリーにてよくいわれる「奇妙な味」の好短編だ。ともに読後にも印象を引きずって味わい深い。

第4巻の目玉は何と言ってもバーク「オッターモール氏の手」だ。これは以前、作家や評論家たちが「世界ベスト短編選出」の投票やったとき、ポオ「盗まれた手紙」とドイル「赤髪連盟」を抜いて堂々の第1位に輝いたそう。まさに「世界短編傑作」だ。エラリー・クィーンも、本作を激賞してるらしい。それで読んでみて私も激しく納得。話は何てことない連続通り魔絞殺事件で、意外な犯人がわかるラストも、「オッターモール氏の人格ではなくて、彼の手にだけ悪魔が宿る」というプロットも普通で通俗であるけれど、何といっても書き方が上手い。もったいつけた、時に大袈裟とも思えるいかにもな書きっぷりで、話自体は何てことないのに作者の筆の力でグイグイ引っ張って行く。まさに評判通りの「世界短編傑作」だ。

そんなわけで、前評判と全く違わない全然期待を裏切らない「オッターモール氏の手」、さらにはエラリー・クィーン、ダシール・ハメットらアメリカ作家らの活躍が、ひときわ目立つ感のある「世界短編傑作集」第4巻の感想である。