アメジローのつれづれ(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。

江戸川乱歩編「世界短編傑作集5」

江戸川乱歩編「世界短編傑作集」全5巻。結局5冊で完結というのが、ちょうどよい冊数だと思う。よくあるセレクションの上・中・下の全3巻だと何となく読み足りない気がする。かといって、全集でみっちり10巻まであったりすると一気に10冊読むのは正直、疲れて飽きる。だから「世界短編傑作集」全5巻で完結というのは、なかなか理想の巻数なのではないか。

(以下、江戸川乱歩編「世界短編傑作集5」収録短編の核心トリックに触れた「ネタばれ」です。「世界短編傑作集5」を未読な方は、これから本作を読む楽しみがなくなりますので、ご注意下さい。)

まず、ベイリー「黄色いなめくじ」。これは「世界短編傑作」といいながら、これ例外的に長い。80ページくらいある「中編」だ。その分、「子どもの異常心理」を書いていて、読後にズシリと重厚な感触を与える作品になっている。個人的感想としては、並の普通。

ディクスン「見知らぬ部屋の犯罪」。これは正統派の好作。カーター・ディクスン(もしくはディクスン・カー)、この人は上手い。短編集の「不可能犯罪捜査課」など以前によく読んだけれど、本当に粒ぞろいの本格短編連発で。短編は難しい。字数は少ないし、その中で犯罪の謎を提示して、最後の解決まで持っていかなければならないし、短い中でインパクトのある謎や事件、トリックを考えなくてはいけないし。この「見知らぬ部屋の犯罪」は、部屋の作りや家具や備え付けの絵画が統一で指定されてる似たような部屋が、たくさんあるアパートで「部屋の一室が消失する話」である。要するに初めて部屋に入る人の、その部屋の状態=「初期条件」如何で皆が、それぞれ錯覚を起こして、あたかも「部屋が消失してしまう」ように見えるトリックであり、短編なのに堂々たる本格だ。

コリアー「クリスマスに帰る」。完全犯罪の完璧殺人の計画を練って、せっせと一生懸命やったのに最後の最後で全ての努力が徒労の水の泡で、「お疲れさん、ご苦労さん、ご愁傷さま」というショートコントのような話だ。アイリッシュ「爪」。私は、こういうの好きですねぇ。一度読むと、これからレストランでシチュー食べるときに必ず絶対に本短編を思い出す(笑)。

パトリック「ある殺人者の肖像」は、父親が自分の息子におとしいれられ殺されるのだけれど、息子のこと思って最期にその犯行跡を消して静かに亡くなる「完全」犯罪もので、多少ナニワ節っぽい話だ。学生時代、「ある殺人者の肖像」たる友人の屋敷に遊びに行って滞在し、友人の犯罪を目の当たりにした書き手の回想形式な展開記述も、よい。

結局、推理ミステリーというのは読んで、その場で「あー楽しかった。面白かった」の即興の読み捨てで終わるのではなく、後々も読んだことや、その話の内容を思い出すような読後の印象の付け方、それが大切だと思う。そうでないと小説を読んで、すぐに忘れて、さらに別の作品たくさん読んでの虚無的流れ作業になってしまうから。しかしながら、この「ある殺人者の肖像」は読後にも強い印象や、ある種の感慨深さを引きずって、読み手の心に強く残るので、そういう意味では「安易に読み捨てられない、何かしらずっと読後も印象に残る」という、「読者との戦いにおいて小説が勝っている幸運な例」だと思う。特に探偵推理やミステリーに限らず、文学と呼ばれるものはいずれも「簡単に読み捨てられずに、読者の心に後々まで心の爪あとの残す真剣勝負を堂々と読み手に仕掛けるものだ」と私は思う。

ヘクト「十五人の殺人者たち」。これは医者たちが集まって今まで「治療」と称してやった完全犯罪の殺人を、それぞれが告白するといった内容だ。しかし最後は話がなぜか、さわやかな正義のほうに行く。皆で集まって、これまでやった完全殺人を互いに打ち明けて告白し合う話…私は、いつも江戸川乱歩「赤い部屋」を思い出す。

ブラウン「危険な連中」。これは短すぎて、何だかショートコントのような。スタウト「証拠のかわりに」。それなりに面白いとは思うが、私は安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)が好きではないので、あまり楽しめなかった。現場には行かず、書斎の安楽椅子に座って関係者から話を聞いただけで、事件の重要ポイントやら解決の糸口やら果ては犯人まで、たちどころにわかってしまうというのに何だか馴染まない。「探偵なら現場行けよ!ついで格闘アクションもやれよ!」とつい思ってしまう。

「世界短編傑作集」第5巻、この巻で完結なので、巻末にクィーンの「黄金の二十」ベスト選出の評論がついている。最後に全巻振り返ってみて、「そういえば、チェスタトンのブラウン神父、乱歩はセレクト・チョイスしてなかったな」と思った。しかしながら何はともあれ、創元推理文庫、江戸川乱歩編「世界短編傑作集」全5巻。文庫でコンパクトだし廉価(れんか)だし、内容充実の基本の基本でハズレなし!かなりの良書だと私は思う。