アメジローのつれづれ(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。

太宰治を読む(3)「眉山」「お伽草紙」

太宰治といえば「人間失格」(1948年)を書いた人で、何度も自殺未遂を繰り返し五度目の心中にていよいよ逝(い)ってしまった、何だかいつも「生れてすみません」などと言っているような陰気で暗い友人もいない孤独な人のように思われがちだが、実はそうではない。実際はそういったイメージとは全く逆の人で、太宰治は陽気で友達も多く彼の家には常に編集者や弟子志願の若者がやって来て、みんなで酒を飲んでわいわいやったり、仲間と出歩き飲み歩くような非常に賑(にぎ)やかで交遊好きな人だった。

以前に講談社文芸文庫が「戦後短篇小説再発見」の最初のシリーズを出した時、第一巻の最初の読み始めの冠(かんむり)となる「戦後短編小説」が、太宰治「眉山(びざん)」(1948年)だった。太宰の「眉山」は、戦時中の物資が少ない時代に太宰と思われる主人公ら酒飲み仲間の悪友たちが飲ませてくれる酒を求め底無しで入り浸たっている飲み屋の女中の話で、一読して大変に心に残る好短編である。日頃から交遊が盛んで社交的で賑やかな人付き合いが好き、おまけにお酒も大好きな(笑)、太宰治の日常を窺(うかが)い知ることのできる好作品になっている。

そうした太宰治の「人間失格」の陰とは異なる陽の側面、彼の陽気なコメディ気質が遺憾なく発揮された作品ばかりを集めて編(あ)んだものに木田元「太宰治・滑稽小説集」(2003年)がある。あのアンソロジーは必読だ。「太宰治・滑稽小説集」にも一部収録されている太宰治「お伽草紙」(1945年)、この「お伽草紙」は、さらに四つの短編「瘤取り」「浦島さん」「カチカチ山」「舌切雀」からなり、日本の童話の昔話を太宰が面白おかしく話を膨(ふく)らませてアレンジしたパロディ滑稽小説になっている。その四編ともが、いずれもハズレなしに面白い。確実に大爆笑できる。ゆえにお薦めである。

まず押さえておきたいのは、この「お伽草紙」は戦時中に執筆の作品であり、連日連夜の東京大空襲で防空壕に太宰が自分の子どもを担いで家族で避難する間、その狭い暗い防空壕の中で昔話絵本の読み聞かせをせがむ娘さんに絵本を開きながら、小説家の太宰が「お伽草紙」の滑稽パロディの構想をせっせと練(ね)っていたことである。空襲の中、防空壕に直撃してそのまま家族もろとも生き埋めで亡くなってしまうかもしれない。もしくは今頃は家屋敷も家財道具も一切燃え尽くしているかもしれない。そうした生死の境(さかい)の最悪な極限状況にて、太宰治は防空壕の中で娘さんに昔話絵本の読み聞かせをやりながら「お伽草紙」の構想を練る。しかも、その内容は滑稽小説の喜劇のコメディである。「想像力さえあれば、どんな状況下でも、たとえ生死の境の極限状況であっても文学はできる」。そういった「文学の底力」を太宰の「お伽草紙」から私は感じずにはいられない。

「お伽草紙」は話の最後のオチまであらかじめ周到に考え、計算づくで太宰が全て書き抜いている。太宰治の小説の上手さに私は思わず、うなってしまう。すなわち、「瘤取り」なら「性格の悲喜劇というものです。人間生活の底には、いつも、この問題が流れています」。「浦島さん」では「(竜宮城のお土産あけたら)たちまち三百年の年月と、忘却である。…日本のお伽噺には、このような深い慈悲がある」。「カチカチ山」なら「曰く、惚(ほ)れたが悪いか」。「舌切雀」では「幽(かす)かに苦笑して、『いや、女房のおかげです。あれには、苦労をかけました。』と言ったそうだ」。すべての話の最後に傑作なオチがことごとく付いており、滑稽小説の下げとして非常によく出来ている。

さて一般にコメディの滑稽小説といった場合、「どこの何で読者を笑わせるか」その常套(じょうとう)パターンがいくつかあるわけで、例えば話の設定や内容展開が奇抜で先が読めない時に現実離れしたシュールな設定で笑いを誘う。はたまた登場人物のキャラクターの発言や動作が奇抜で面白くて思わず笑ってしまう。その他、筆者の記述が大げさや説明過剰、独特なおかしい言い回しで読み手を笑わせるなどがある。太宰の「お伽草紙」は、登場人物の発言や行動が面白くて思わず笑ってしまうパターンに属すると思う。しかも、登場人物の面白さは読者に現実の作者、太宰治その人を彷彿(ほうふつ)とさせる、現代風の俗な言い方をすれば明らかな「自虐ネタ」である。

例えば「瘤取り」なら、家庭内で孤立して肩身の狭い酒飲みダメ亭主の孤独である。「現実の太宰も家庭内で日常的に酒飲みゆえに孤独であったろう」と感じさせるフシは彼の他作品、例えば「桜桃」(1948年)にての「この、お乳とお乳の間に、涙の谷…」の家族の食卓記述から読み取れるところだ。そして、「瘤取り」での家庭内で孤立して孤独な酒飲みのお爺さんの自虐な言動が、現実作者の太宰と上手い具合に読み手の中で重なり、読者の笑いを引き出す絶妙なコメディとなっている。

また例えば「浦島さん」の浦島太郎ならば、太宰の「浦島さん」は、地方の地主の息子で家族・親族一同から内心馬鹿にされている、少し間の抜けた根は善良な人の良い男である。地方の地主の息子で、上流の教養を好み風流の士を気取り、しかし生活能力がないため家族・親族から内心馬鹿にされ…「浦島さん」は、現実の太宰治そのものではないか(笑)。以下は、そんな「浦島さん」に助けられた亀が浦島太郎をあからさまに馬鹿にするおもしろ毒舌である。

「せっかく助けてやったは恐れいる。紳士は、これだから、いやさ。…あなたが私を助けてくれたのは、私が亀で、そうして、いじめている相手は子供だったからでしょう。亀と子供じゃあ、その間にはいって仲裁しても、あとくされがありませんからね。それに、子供たちには、五文のお金でも大金ですからね。しかし、まあ、五文とは値切ったものだ。私は、も少し出すかと思った。あなたのケチには、呆れましたよ。私のからだの値段が、たった五文かと思ったら、私は情け無かったね。それにしてもあの時、相手が亀と子供だったから、あなたは五文でも出して仲裁したんだ。まあ、気まぐれだね。しかし、あの時の相手が亀と子供ではなく、まあ、たとえば荒くれた漁師が病気の乞食をいじめていたのだったら、あなたは、五文はおろか、一文だって出さず、いや、ただ顔をしかめて急ぎ足で通り過ぎたに違いないんだ」

竜宮城の亀のスゴい毒舌だ(笑)。太宰は青森から東京に出て、東京で小説を書いて文学者として成功したくてしょうがない。しかし、左翼の非合法活動やらクスリの中毒やら女性との心中自殺未遂の繰り返しで、その都度、青森の実家から助けてもらう。その際、例えば「人間失格」にて、主人公の大葉葉蔵が郷土の世話人であるヒラメから表面的には丁寧だが、内心は軽くあしらわれ軽蔑されている(と太宰本人は少なからず思っている)そんな小説内のヒラメを始めとして、「実は故郷の人達から自分は恥じられ、馬鹿にされている疎外感」を現実の太宰治が持っていたとしても何ら不思議はない。青森の家族や親族から内心馬鹿にされ、いい加減見捨てられそうな自身の不甲斐なさを東京で小説家として成功することで青森の親族一同を見返して一発逆転、ひっくり返したいと太宰治は常に願っていた。

「浦島さん」にて普段より家族・親族に内心馬鹿にされ、さらに前述引用のような亀からの激しいツッコミを受けて、「ひどい事を言う。妹や弟にさんざん言われて、浜へ出ると、こんどは助けてやった亀にまで同じ様な失敬な批評を加えられる」など「浦島さん」は亀の毒舌に閉口しきり。地方の地主の息子で上流の教養を好み風流の士を気取り、しかし生活能力がないため家族・親族からは内心馬鹿にされ…これは、もう明らかに太宰の「自虐ネタ」である。太宰治は現実の自分をネタにした「自虐ネタ」で積極的に笑いを取りに行っている。だから、太宰治「お伽草紙」は、普通に面白いし存分に笑える滑稽小説の傑作なのだけれど反面、太宰の自身の身を賭(か)けた自虐の笑いが垣間見えて、ちょっとだけ哀しい「悲劇の喜劇」の要素もあるのだ。