アメジローのつれづれ(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。

大学受験参考書を読む(10)伊藤和夫「英文解釈教室」

駿台予備学校、伊藤和夫「英文解釈教室」(1977年)は、昔からある英語参考書の名著であるが内容が難しい。この点に関し、さすがに著者の伊藤師も「英文解釈教室が難しくて学生に気の毒」と感じたのか、解説と問題ともに易化させた「英文解釈教室」の「基礎編」(1996年)や「入門編」(1996年)の著作を後に連発している。

伊藤師の「英文解釈教室」が難しく感じられることの要因の一つに解説や演習例題に使われる英文が文語的なもので古い、そのため構文が複雑で読みにくいものが多い。著者の伊藤和夫が、あえてそういった文構造が複雑で分かりにくい文語的英文を探し、わざと引っ張って集中して掲載しているという点がある。例えば「It…that」の強調構文の中に「that」の関係代名詞が2つ入っていて、初見で「Itの後にthatが3つ連続している英文」が例題文中に普通にあったりするわけだが、今のネイティプの人や英語圏に住んで日常的に英語を使っている人は普段こんな読みにくい、読むのに誤解されやすい変な英文を書かないはずだ。

英米の英語圏の人達は実に合理的で、自分の書いた文章が自身の本意通り正しく相手に伝わらないことを最も嫌う。書くときに出来るだけ「誤解のリスク」を避けようとするので、より直接的になるべく平易な構造の英文を書く。新聞や雑誌記事や回覧書類で構文が複雑な変な英文を書いていたら、「伝わりにくく誤解されやすいムダな複雑な文をわざと書きやがって(怒)。何か意味あるのか!コイツは馬鹿か」と相手に思われる。だからなのか、「英文解釈教室」に掲載の英文は昔のエッセイや小説が出典と思われる結構古い、今の人なら日常的に書かないであろう文語的な英語が多いような気がする。

ところが、日本の大学受験の英語では誰もがすぐに分かり「誤解のリスク」なく明快に意味が通じる易しい英文ばかりを試験に出していたら受験生が皆できて全員合格になってしまうので(笑)、なるべくミスしやすい難しい文構造の英文を試験問題として出題したいわけである。つまりは大学入試は大学側が入学志願の受験生に対し、さすがに志願者全員合格の全員入学は無理なので「この複雑な構文の分かりにくい混乱しやすい英文の下線部和訳をつまずきのミスなくそこそこ訳出できた者にだけ入学許可を出す」という非情な選別制度だから。ゆえに海外にて日常的に日々使われる実用英語と日本国内の大学入試で引用される、いわゆる「大学受験英語」は明らかに違う。

伊藤和夫「英文解釈教室」は本編もさることながら、伊藤師による「あとがき」がずっと心に残っていて私は昔から忘れられない。

「これから諸君が取るべき道は2つである。1つはもう一度この本を読み返すことである。どんな書物でも1回読んだだけでその全部を汲みつくせるものではない。…しかし、2回目に読むときの苦労は1回目よりはるかに少なく、しかも得られるものははるかに多いのである。第2の道は、この書物から得た知識をもとに、原書を読む道、自分が読みたいとかねがね思っていた本を読む道へ踏み出すことである」

「1つはもう一度この本を読み返すことである…2回目に読むときの苦労は1回目よりはるかに少なく、しかも得られるものははるかに多いのである」。「なるほどな」といつも思う。私は書籍に関しての自身の読解力や理解力を常に疑い危ういと思い自分の能力を信用してはいないので、自分なりに重要と思われる書物は1回の読了で終わらせずに2回3回と繰り返し読むようにしているのだが、やはり最初は各人それぞれに能力差があるとしても、さすがにどんな人でも「2回目に読むときの苦労は1回目よりはるかに少なく、しかも得られるものははるかに多い」はずである。その人なりの出来る範囲で繰り返し反復で読んで、その都度理解・確認をして自分の中の知識や思考の定着度を上げて行く。月並みな言葉ではあるが、「勉学は反復と継続。上達に近道なし」だと思う。

私は10代の大学受験生の時はまだ英語の基礎すら怪しくて伊藤和夫「英文解釈教室」は読めなかった。大学に入った後、じっくり時間をかけて理解・確認しながら読み進めていって、伊藤師の「英文解釈教室」を1回目よりも2回目の方が、2回目よりも3回目の方が、はるかに速く前よりか幾分マシな程度に内容も深く理解しながら読めるようになった。例題解説中に「××のつながりに気づいて読めたら相当に力がついてきた証拠。もう一人前の実力」といった伊藤師のコメントがたまにあって、実際その通りに読めるとうれしかったし、逆に読めないと純粋に悔(くや)しかった。

よく「勉学は反復と継続。上達に近道なし」といわれるが、他人から言葉で言われるだけでは駄目で、心の底から身に染みて本当に理解できないものだ。実際に「勉学は反復と継続」ということを自分が経験し、その反復と継続の経験に関する何らかの感慨が自身の中にあって肌身に強く感じ腹の底から納得しないと本当には分からない。そういった意味で伊藤和夫「英文解釈教室」は、自分なりに「勉学は反復と継続。上達に近道なし」ということを経験し体感して分かった、自身の中で深く心に残る大学受験参考書である。