アメジローのつれづれ(集成)

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大学受験参考書を読む(8)安藤達朗「大学入試 日本史論述問題演習」

駿台予備学校の安藤達朗「大学入試・日本史論述問題演習」(1983年)は初版が1983年で、現在は絶版・品切のはずである。読後の感想として結論からいうと、現在の大学受験生には、あまり合わない必要のない大学受験参考書であるといえる。

というのは、本書は「論述問題の解法と諸類型」と「原始・古代から近現代の論述問題演習」の二部構成になっているが、後者の「原始・古代から近現代の論述問題演習」に収録の論述問題は、実際に出題された大学入試の過去問ではなく、おそらくは駿台模試用に駿台の日本史科主任である安藤達朗による自作の創作問題がほとんどであり、所収の演習論述問題が、いかにも安藤好みの明らかに安藤師の私的趣味に走った問題が多い。本書に収録の論述問題には、現実の大学受験に際しての実戦性がない。「この手のタイプ・内容の日本史論述は駿台模試では普通に出るのだろうけれど、実際の一般の大学入試の本番では出題されないだろう」といった感慨だ。

率直に言って安藤達朗が作問する日本史論述問題にはクセがありすぎる。この人は論述問題を作るとき相当に詳細に模範解答から採点基準まで、あらかじめ前もってかなり厳密に決めた上で問題作成をしているに違いない。そのため、安藤師の創作論述にて答案を作る際に出題者から得点をもらえる正答要件基準が、これまたかなり厳しく、よほど注意して「出題者の安藤師が受験生に論述解答で書かせたがっていること」をピンポイントで適切に絞り込んで書き抜かないと、なかなか点数をもらえない非常に難しい論述問題になっている。少なくとも私は実際にやってみて、一般的な大学入試の日本史論述よりも難しく感じた。安藤師の作成する論述は、「××の点を踏まえて」や「××の点に留意しながら」など問題文中のリード部分で「出題者が受験生に書かせたがっている論述内容」を最初からかなり、せまく限定するパターンが多い。その出題要求を察知し理解して解答しないと全く点をもらえない、場合によっては0点もあり得るシビアな論述だ。

実際に駿台模試用に安藤師が作って出して彼自身が採点に携わった論述問題だから、「この問題を出題したときには、このような間違った的(まと)はずれな論述が多かった」とする明らかな誤解答や良くない焦点のズレた解答例をまずは出して、それを添削する形で解説を加えながら最後に模範解答を示す論述問題演習の構成になっている。

例えば、本書に掲載の「鎖国体制下の対外関係」(151ページ)、これは江戸幕府の鎖国体制下での諸外国への幕府の対応の違いを説明させる論述問題で、朝鮮・琉球は「通信の国」、オランダ・中国は「通商の国」という二分法で答案を作らせる論述である。模範解答での「通信の国」と「通商の国」といった区別の付け方、言葉の使い方がまさしく安藤達朗らしい。この「通信の国」と「通商の国」の区別は山川出版社の「日本史B用語集」では「頻度1」のマイナー知識だ(笑)。しかし、彼の「大学への日本史」や「日本史講義」の参考書を読むと「通信の国」と「通商の国」の二分法をくり返し、しつこく書いている。「鎖国体制下の対外関係」の論述問題はいかにも安藤師が好きそうで安藤師が作りそうな、安藤達朗による創作論述で私は笑った。また明治の「地租改正─寄生地主制の成立─寄生地主・資本家の成立と小作人・賃金労働者の発生─資本主義社会の成立」など、歴史社会が移行する本質的な基本原理を好んで聞きたがる論述が、安藤達朗の創作問題には多い。単発の知識ではなくて、有機的な筋道立てた説明記述が必要なため、安藤師の創作論述は全体的に難しいと思う。

一般的に言っても日本史の論述問題は難しい。少なくとも以下の3つの手順は最低限、必要である。

まず問題を読んで自分が知っているその時代やテーマに関する情報・知識を、とりあえずは全て書き出してメモしてみる。このときに何も浮かんでこない、何を書き出したらよいのか皆目見当がつかない、分からないでは論述問題を解く以前の基本的な日本史の知識の不足でアウトなわけだ。

さらに設問の問いかけや提示の史料などを踏まえ、「出題者は何を書かせたがっているか。何を書けばよいのか」出題者の要求意図を的確に察知し、答案論述に盛り込むべき内容を吟味し絞り込む。このとき設問の問いかけに対応していなかったり、問題文中の史料を活用し、それを踏まえた内容になっていなければ、どんなに詳しく細かに正確に論述構想できていたとしても「設問要求を満たしていないピントはずれな答案」と見なされ点数もらえず、これまたアウトなわけである。

そして最後に論述の構成や展開、記述の順序を考えて実際に書き出す。また内容に誤りはないか、文章表現の適切さも考えて推敲(すいこう)する。このとき語句説明がおかしかったり、歴史の内容理解が曖昧(あいまい)で明らかに間違った正確でない事柄を書いてしまっていたり、文章の接続がおかしかったりすると大幅な減点をくらう恐れがある。だから、論述問題は本当に最後の最後まで全く気を抜けない。

日本史の論述問題は少なくとも以上の3つの段階的な答案作成の手順が要るので、客観式の記号選択や一問一答の単純対応な用語記述とは異なり、論述形式の問題への対応は実際に難しいといえる。