当ブログにて、探偵小説のシリーズ物の短編集レビューをこれまで連続してやってきた。シリーズ物の短編集の嚆矢(こうし)であるコナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」から始めて、次は当然ドイルと同時代の作家であり、ドイルのシャーロック・ホームズの永遠のライバルである、「アルセーヌ・ルパン」を作り上げたモーリス・ルブランの短編特集をやった。その後、日本の独自企画、創元推理文庫の江戸川乱歩による時代順の探偵短編のアンソロジー、「世界短編傑作集」全5巻を小休止的に中途に挟(はさ)んで、アメリカのクィーンによる「エラリー・クィーン」の冒険短編集を扱った。
そして、いよいよ今回から新たに始まる、アメリカの作家なのに英国調のイギリス風味の本格推理を書くディクスン・カーである。カーに関しては、創元推理文庫に昔からある「カー短編全集」に依拠する形でカーの主要な代表的短編のレビューを以下、書いてみたい。
ディクスン・カー、または本名のジョン・ディクスン・カー以外にカー・ディクスン、カーター・ディクスンの名でも優れた探偵推理を創作しているカーである。「発端の怪奇性、中段のサスペンス、解決の意外な合理性」という本格推理の3要素で見事に書き切り、カーは「不可能犯罪の作家」とされる。
「カー短編全集・1」に当たる「不可能犯罪捜査課」(1940年)は短編10作を収録。確かに堂々としたフェアプレイの「不可能犯罪」の本格推理である。本短編集にて扱われるインポッシブル・クライム(不可能犯罪)は、「姿の見えない殺人者」「密室殺人」「完璧なアリバイ」「探しても見つからない盗品(巧妙な隠し方)」「遺体消失」「ドッペルゲンガー(自己像幻視)」「目に見えない凶器」らである。
カー「不可能犯罪捜査課」では、前半はロンドン警視庁D三課(奇怪な「不可能事件」を専門に処理する部署)の課長であるマーチ大佐が事件解決の探偵役であり、後半ではその他の探偵の活躍となっている。だが、カーは短編では事件の出来事を中心に集中的に書く作家で、探偵・刑事のキャラクターをふくらませる書き方をしておらず、一冊の短編集にて収録作の探偵・刑事役が変わっても、それほど違和感はない。
(以下、短編集「不可能犯罪捜査課」の核心トリックに触れた「ネタばれ」です。カーの「不可能犯罪捜査課」を未読な方は、これから本作を読む楽しみがなくなりますので、ご注意下さい。)
「新透明人間」は、腕も身体もない、指のはまっていない手袋だけで向かいの部屋の住人が殺され、その向かいの部屋からピストル音、引き金を引く手と、実際の弾丸が目撃者の部屋に発射された奇怪な「殺人」事件である。まさに「透明人間」による殺人だ。向かいの部屋の住人が殺人を目撃して警察がとマーチ大佐らが後に駆けつけるも、殺された遺体はなく、部屋から銃弾が発射され窓を貫通した形跡もないのである。
「ネタばれ」で言えば、殺人があったとされる部屋の住人は奇術師の夫婦で、毎晩向かいの部屋から覗(のぞ)いている目撃者を驚かせて懲(こ)らしめようと鏡を用いた本業の得意の奇術トリックを使って、腕も身体もない手袋だけでの殺人演技という「劇場型殺人」を見せて(だが奇術トリックなので実際には誰も殺されていない)、しかし最後に覗きへの懲らしめの意図で空砲を向かいの部屋に撃ったつもりが、その小道具のピストルに実弾が入っていて実際に向かいの部屋に発射されたため、思わぬトラブルの大騒ぎになったという騒動のオチである。
「空中の足跡」は、雪の夜の建物密室の話で、その建物に侵入した雪の上の足跡は女性の小型サイズのそれのみ。しかもその女性が夢遊病者で深夜徘徊の性癖があるため、彼女の無意識下での夢中の殺人が疑われるが、実は犯人は別の大柄の屈強な男性で、彼が庭の生垣に体を預けながら逆立ちをして、手に小型の女性の靴をもって雪中を人知れずアクロバティックに移動したので、その建物に侵入した雪の上の足跡は女性の小型サイズの足跡のみであったという、昔からある「雪の上の足跡」の物理トリックの古典的内容である。
その犯人の初登場時の記述に「がっしりした肩がまでが、筋肉質であるが、比較的小ぶりな手…」とあり、最初から彼が犯人で、「がっしりした肩で筋肉質」であるが「比較的小ぶりな手」ゆえに手に女性の靴をはめ逆立ちしての雪の上の長距離移動も可能であるトリックの手の内を、暗に明かしているカーの伏線的書き方か秀逸である。
「ホット・マネー」は、銀行強盗が盗んで部屋に隠した現金を探すも、なかなか見つからない、しかし主人公の探偵・刑事が見事に見つけ出す、これまた探偵小説にて昔からある定番の古典的テーマの「絶対に見つからない巧妙な隠し方」「盲点となる意外な隠し場所」の話だ。これは探偵推理の創始とされるポーの「盗まれた手紙」(1844年)より続く伝統的な話である。本短編では、当時はまだ珍しかった蒸気が吹き出すスチーム暖房の中に盗んだ現金が隠されていて(だから、お金が温められているので「ホット・マネー(熱いお金)」のタイトルなのである。ホットマネーの本来の意味は、短期運用が軸の資本のこと)、しかし「当時の人にとっては最新の家電であるので精密機械の中を解体して内部を確かめる」の発想がなく、皆が目の前にある大きなスチーム暖房を目にしているのに、その中に現金が隠されていることに誰も気付かないという心理的盲点の話である。 おそらく現代の人なら、スチーム暖房の中も心理的抵抗のためらいなく、どんどん解体して結果すぐに見つけると思う。
江戸川乱歩の、とある中編にも(ネタばれになるので作品名は言えない)、この「当時の人にとっては最新の家電であるために精密機械の中を解体して内部を確かめる」の発想がなく結果、「絶対に見つからない巧妙な隠し方」「盲点となる意外な隠し場所」の典型話がある。
「楽屋の死」は、踊り子が楽屋で殺害されるが、関係容疑者のアリバイ(現場不在証明)か鉄壁な、アリバイ崩しの話である。これは人物の入れ替わり(厳密には一人二役)で、踊り子が殺された後も、その踊り子に扮した犯人が舞台に出て成りすましで踊り(舞台上は暗く、厚いメイクと扮装をしていて、この入れ替わりがパレない)、そのことで殺人の本当の犯行時刻が前にズレるため、犯人は偽のアリバイ工作が出来るという、現場不在証明たるアリバイ工作における「人物の入れ替わり+犯行時間のズラしのトリック」の話である。
「銀色のカーテン」は、よくある遠隔殺人の物理的機械トリックを用いた話である。広場路上の所定の位置に札入れをあらかじめ置いておき、被害者が拾(ひろ)って屈(かが)んた瞬間に、建物の階上の真上からナイフの凶器を垂直落下で落として刺殺し結果、遺体発見時には近距離の対面での刺殺の殺害であるように錯覚させる、これは一種の「遠隔殺人の物理的機械トリック」殺人である。「路上に物を置いて拾わせ、その瞬間に階上よりナイフを垂直落下で落とす」以外にも、「携帯電話で話しながら所定の位置に被害者を誘導し、頭上より鈍器を落として近距離の対面での撲殺(ぼくさつ)に錯覚させる」など、この「遠隔殺人の物理的機械トリック」には昔から様々なパターンかある。
本短編タイトルの「銀色のカーテン」は、事件の目撃者が、当時降っていた少雨が「銀色のカーテン」となり視界を不明瞭にしたために階上から落とされるナイフを目視できず、「近くに誰もいないのにナイフだけが突然に現れて被害者かいきなり刺殺された」という「姿の見えない殺人者」にて前半での怪奇性の不思議さを強調の後、ラストの合理的な解決ネタ明かしのための舞台設定として、視界を遮(さえぎ)る、ゆえに怪奇の合理的なネタの舞台装置となる「銀色のカーテン」たる少雨の現場の状況が極めて効果的に使われている。
この記事は次回へ続く。
