アメジローのつれづれ(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。

大学受験参考書を読む(17)高田瑞穂「新釈 現代文」

たまに書店をうろついていると、よいことがある。何と!高田瑞穂「新釈・現代文」(1959年)が復刊されていた。「教養としての大学受験国語」(2000年)の石原千秋が「よい、よい」というので(石原は成城大学出身で高田瑞穂の弟子である)、版元廃業で絶版・品切にもかかわらず人気に火がつき一時期古書価格が高騰して、かなりの高額で取り引きされていたという噂の参考書である。

早速、文庫版の復刊本(2009年)を購入して読んでみた。確かに前評判通り、よい本だと思う。現代文を読む上でまず「問題意識」=社会への関心を持つこと、人間的教養を身につけること、そして「内面的運動感覚」=論旨を「追跡」し「停止」して自分の中で消化・理解することの大切さが説かれている。だが、これを学生当人がそれぞれの読みの中で個別に柔軟に対応し実践して使いこなしていくには、なかなか難しいのではないかとも思う。

例えば「新釈・現代文」の中に実際の問題としてあるが、「純粋思惟としての科学か、人生のための科学か」といった科学論の非常に抽象的な文章の一部分を切り取って入試現代文ではいきなり読ませたりする(文庫版、114ページ)。高田瑞穂は、その抽象的な文章から「現代では、原子力の研究が核兵器開発に利用されている」といった現実の具体問題を自身の「問題意識」から連想し意味を肉付けしながら読み進めていかなくてはならない、と言う。そして「それが全然浮かんでこないものがあったとしたら、そういう問題意識の薄弱さでは、もうはじめから大学生になる資格はないと言われても仕方がありません」と一刀両断に言い切る。高田先生はなかなか厳しい(笑)。高田瑞穂によれば、「現代文とは、何らかの意味において、現代の必要に答えた表現のこと」であり、そこには「筆者の願い」や「公的表現の性格」と時に称される「書き手の問題意識」が必ずあるのであった。だから現代文の正統な読解では、読み手は書き手の問題意識を読み取り共有しながら文章を読み進めなければならないと高田は言う。

「内面的運動感覚」についても、この文章を読んで「科学のための科学」と「社会のための科学」という二つの対立する立場の「二大科学観」があることを、まずは「追跡」で読み取り「停止」して立ち止まって気付かなくてはいけないわけである。高校生が科学論に関しての「問題意識」の知識や、文脈を「追跡」して「停止」し「内面的運動感覚」から文章全体にある大きな対立構造に気付く、果たして独力でそういう読みにたどり着けるかどうか。その辺りはなかなか難しいところではないか。

なるほど「問題意識」も「内面的運動感覚」も両方とも「意識」や「感覚」といったものなので、それらを研ぎ澄ますには多くの文章に当たって読みの経験を積んで、それら「意識」と「感覚」を訓練し獲得して「自分のもの」にしていくしかない。少なくともパターン化された「読解のルール」や、その場しのぎの「解法の公式」の提示といった現代風の軟派な大学受験参考書とは一線を画(かく)する。「意識」や「感覚」は、ルールや公式を安直にその場しのぎで活用させても当人の中で即に体得養成されないものだ。それゆえ「問題意識」や「内面的運動感覚」を自分のものにするのは、なかなか困難で根気と時間がかかる。しかし、一度獲得してしまえば「一生使える大切なもの」という気はする。結局のところ、「本物の読解力を身につけるには安易な方法はない」ということになるのではないか。「学問に近道なし」という至極真っ当な結論にたどり着く。「問題意識」も「内面的運動感覚」も一朝一夕に自分のものにできるわけではなく、日々の積み重ねの学習にて自身の中に育て確立させて結果、自然と使いこなせるようになるものだと私は思う。

それにしても感心するのは高田瑞穂の現代文講義の手際(てぎわ)のよさだ。例えば「学生が社会に出ることの意味」や「近代主義」や「読書を通しての他者との出会い」を氏が説明したあと、すぐに入試問題演習でその内容に合致した、ときにはその内容をさらに補足するような文章を載せてくる。やはり国語の先生というのは日頃から各分野でのよい文章(というか実際の入試問題)のネタのストックをたくさん持っている。

巻末の「近代文学をどう読むか」も大学受験生や高校生向けに日本近代文学の問題がコンパクトにまとめられており、よいと思った。夏目漱石や石川啄木、武者小路実篤や野上弥生子らの小説を引用しながら国家や家制度から自律した近代主体の内面的自由確立の重要性を高田瑞穂は説いている。なぜなら高田の定義でいくと、「近代主義」は「人間主義、合理主義、人格主義」の三本柱よりなるから。さらに「近代文学の何を読むか」にて挙げられた15の短編小説を順番に読んでいくのも面白いかもしれない。

高田瑞穂「新釈・現代文」は、大学受験の現代文が苦手な人に向けて入試得点アップのための具体的な方法(スキル)を手取り足取り丁寧に教授する解法解説の実用的参考書ではなくて、「本読みの読解の最終目標は問題意識と内面的運動感覚を得て、それらを研ぎ澄ますことにある」と現代文学習や日常的な本読みにおける最終目標(ゴール)を読者に知らしめる啓蒙的な書籍という感じが私はする。