アメジローのつれづれ(集成)

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大学受験参考書を読む(38)今井健仁「現代文の解法 東京大学への道」

今井健仁「現代文の解法・東京大学への道」(2009年)は副題が長く、「東大法学部生が明かす読解力不問の論述パターン学習」というサブタイトルがついている。また「東京大学法学部・現役東大生が明かすパターン学習による完全現代文攻略本」ともあり、高校教師やプロ予備校講師ではなく、実際に東大に合格した現役東大生が自身の受験勉強の経験から「東京大学への道」として東大二次現代文の過去問を研究し、その攻略法を伝授する、本書は東大現代文対策の大学受験参考書である。

本書での現代文読解の主な方針は「意味内容のブロック化」であり、従来は文章の流れとして何となく曖昧(あいまい)に流して読んでいた課題文を意味ブロックの集合体として細かく単位分割し、各段落内での文章の集合をそれぞれ「問題提示、筆者の主張、対立意見、反論、まとめ」の5つの意味ブロックに随時振り分け、部分としてのブロックごとの内容把握を重ねていくことで結果、課題文全体の構成が理解できるようになるというものだ。課題の現代文を読む際に、例えば「この段落のこの部分は問題提示の意味ブロックである」とか「ここから対立意見の意味ブロックが始まって対立意見紹介の内容記述に移る」など、まさに「ブロック化」し各部分を意味要素に分けて常にメリハリをつけて読んでいく読解法である。

著者による、この意味ブロック分割の読み方は「なるほど」と思えて大変によいのだけれど、ただこの人の場合、その意味ブロック分割を用いた課題文読解の具体的手順や、それに基づく解答作成の方法を読者に詳しく教授する段階になると、公式ルールの連発羅列で著者が本書にて提示する「原則、鉄則、テクニック」の数提示が多すぎる。「論述パターン学習」として、本書では「大原則が3、鉄則が17、課題文解読のテクニック(課テク)が30、解答作成のテクニック(解テク)が40」それぞれ挙げられている。それら全90個の方針やルール、公式を覚えて実際の読解の読みにて使えるのか。少なくとも私はできない。単純にまず90もある公式ルールを覚えきれない(笑)。東大現代文の過去問演習にて解答解説の際、著者は「解答作成のポイント」で各設問ごとに「使用テクは解テク36と解テク15」など、その問題にて駆使すべき公式ルールを逐一書き出し解説している。しかし本書にて東大過去問を解き続けていると、この問題では「使用テク・なし」の場合も割合に相当な確率で頻繁に散見され、「原則や鉄則、公式ルールを90個も出してあるのにそれでも対応できない取りこぼしの問題を結構、残す定式化のパターン学習なのか」の不信の思いは正直、残る。

大学受験指導では例えば数研出版の「チャート式」シリーズなど、昔から公式ルール化の教授方法は定番であるけれど、それに際し「公式ルールは出来るだけコンパクトで簡潔で数少なく、しかしどんな問題にも例外少なく普遍的に適用できる。ゆえに使い勝手がよくて有用」という公式ルール化するにあたっての基本の意図を著者は分かっていない。初歩の段階から明らかに公式ルール化設定の根本の方針意図を踏み外しているような気がする。

文章を読む読解は一文字、一文章をその都度、目で追って読み続ける瞬間的な認知反応の連続作業ではあるけれど、その過程で一字や一文の部分を狭(せま)く細かに読んでいても、同時に段落全体や文章構成も広く大きく意識しているし、また一文を読んで前の既読内容を思い出し連想して結びつけ理解しながら、同時に先の未読内容をイメージし展開予測もつけて実は読んでいる。そういった瞬間的な認知から幾つもの思考を同時進行でやる、複雑で有機的な一連の連続的動作の組み合わせである読解に関し、いちいち公式ルール化して個々の課題や設問パターンに対する一方針で一対応の「1対1」提示で、ひとつの解法にてバラバラに分割して対応しようとする分割還元主義は、ある複雑な物事や有機的な実体を理解するのに、各所の関係性や相互浸透による変化の実態を全く勘案せず踏まえておらず、いたずらに「困難は分割せよ」で物事の相互の関係性を断ち部分要素にズタズタに分割し、それら部分を後に集め再構成すれば元の複雑有機的な物事や実体にそのまま戻ると素朴に信じて疑わない思考に他ならず、従来のマルクス主義の唯物論的弁証法講義にて定番で繰り返し指摘されるところの、弁証法的唯物論の立場からする機械論的唯物論に対する批判の議論が私には想起され、よりシリアスに誠実に考えて、複雑で有機的な認知思考動作の読解力に関し、安易で安直な公式ルール化の90個羅列は様々な問題をはらむと思われる。

だがこの著者の場合、「東大法学部生が明かす読解力不問の論述パターン学習」と副題にあるように「そもそも読解力とは何か」、そして「どうしたらその読解力が個人に身に付くのか」という本質的で重要な問いを完全に忌避し回避して、最初から「読解力不問」で、ゆえに読解力は不要だから「論述パターン学習」として原則、鉄則、課テク、解テクの公式ルール90個の連発羅列な対応を余儀なくされているわけである。読解力そのものを本格的に追究し受験生にじっくり教えようとすると袋小路の泥沼にはまり込みそうだし、かといって安易で安直な公式ルール化に徹したパターン学習では学習効果に疑問が出るし、現代文の教授指導は実際のところ難しいという思いが本参考書の読後に残る。