アメジローのつれづれ(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。

大学受験参考書を読む(105)渡辺次男「なべつぐのあすなろ数学」

昔、私が高校生であった1980年代に渡辺次男「なべつぐのあすなろ数学」(1975年)という高校数学の参考書があった。現在では絶版・品切で流通数が少なく古書価格も高騰していて、なかなか入手困難な渡辺次男「なべつくのあすなろ数学」シリーズである。

本シリーズの初版はいつなのか、正確な書誌情報を私は知らないが、私が高校生の頃の80年代には(確か)「数学Ⅰ、基礎解析、代数幾何、微分積分、確率統計」の全5冊でシリーズ完結の「なべつぐのあすなろ数学」だった(と記憶している)。1980年代の高校数学の標準カリキュラムは「数学Ⅰ、基礎解析、代数幾何、微分積分、確率統計」の各分野があって、数学教科はこれら5冊の教科書で学習していた。私が通っていた高校では、高校1年の時に数学1をやり、高校2年で基礎解析と代数幾何をやって、高校3年の時には微分積分と確率統計をやっていた。

今でこそ立ち読みで済まさず、確実に書籍を購入してもらいたいがために、購入した人しか参照できない袋とじのグラビア・ページが、いかがわしい週刊誌によくあったりするが(笑)、渡辺次男の「なべつぐのあすなろ数学」もかなり古い書籍なのに、なぜか「立ち読みを許さず絶対に買ってもらう」工夫の袋とじページが昔からあるのであった。「なぜ高校数学の参考書で袋とじページありなのか!?」、私は前から疑問に思っていたが。

ところで、私が高校生の時には「必ずやっておくべき」英語の大学受験参考書の定番の内の一冊に伊藤和夫「英文解釈教室」(1977年)があって、周りの人はだいたいやっていた。しかし伊藤「英文解釈教室」は内容が高度で難しいので、いきなり「英文解釈教室」をやらずに、当時は新しく出たばかりの初級入門編的な伊藤和夫「ビジュアル英文解釈・PARTⅠ、PARTⅡ」(1987、1988年)をまずやって英文解釈の基礎力をつけてから、次に伊藤「英文解釈教室」をやるのがよいと言われていた。それで私も高校時代に伊藤和夫「ビジュアル英文解釈」の2冊を割と集中して一生懸命にやった。「ビジュアル英文解釈」は英文解釈の講義内容は初学者向けに大変に親切でよいのだけれど、本参考書の解説が通常の説明文ではなくて、なぜか伊藤和夫が扮する英語の「I先生」と男子生徒と女子生徒の3人で、対面講義を受けたり質疑応答を交わしたりで楽しく会話しながら進める、教師と生徒の架空の会話形式になっていて(苦笑)。小中学生向けならいざしらす、そこそこの大人の高校生向けの英語参考書なのだから普通に真面目に文章解説すればよいのに、著者の伊藤和夫はこの会話形式が「わかりやすいから」と思ってやっているのか、わざわざ遠回しな会話文のコント台本を延々と読まされているような、かなり幼稚な悪印象でイライラしながら伊藤和夫「ビジュアル英文解釈」を急いでやった苦(にが)い思い出が私にはある。

渡辺次男「なべつぐのあすなろ数学」も、渡辺次男が扮する「なべつぐ先生」と、あすなろ君とか、あすなろさんのような名前の生徒たちが出てきて、対面講義を受けたり質疑応答を交わしたりで楽しく会話をしながら進める、教師と生徒の架空の会話形式の寸劇(コント)のようになっていて、ふざけているような幼稚な感じが終始して、とりあえず私には合わなかった。本参考書を高く評価する人も多くいて、特に悪い本とまでは思わないけれど、少なくとも私には合わなかった。「なべつぐのあすなろ数学」シリーズの中の1冊くらいは当時、最後までやったかな。

高校生時代の私は、当時は駿台予備学校の数学科に在籍していた秋山仁や、東京出版が出している月刊誌「大学への数学」の常連寄稿者で一時期は代々木ゼミナールの数学科にいた安田亨や、これまた当時に代ゼミが出していた月刊の受験情報誌「alpha(アルファ)」で紙上講義をよくやっていた代ゼミの数学科の矢木哲雄といった、どちらかといえば大人で硬派な数学講義をやってくれる人たちが好みだったのである。

なぜ「なべつぐのあすなろ数学」という参考書タイトルなのかといえば、この「あすなろ」の元ネタは井上靖「あすなろ物語」(1953年)から来ていると思われる。アスナロというヒノキに似ているが材木としてはヒノキには劣る木があって、そのアスナロの木が「でもがんばって、やがては立派なヒノキになろう。一生懸命にがんばって明日(あす)こそは立派なヒノキになろう」の「あすなろ」エピソードから、そのまま「日々、勉強の努力を続けて苦手な数学教科であっても、やがては数学が出来るようになろう。必ず数学を得意科目にしよう」の数学を学ぶ高校生や大学受験生のひたむきな、あるべき姿に「あすなろ(の木)」を重ね合わせる著者の渡辺次男(「なべつぐ先生」)の意趣に由来するものと考えられる。

私は詳しくは知らないのだが、「なべつぐのあすなろ数学」シリーズの著者である渡辺次男は、どうやら旺文社「大学受験ラジオ講座」(通称「ラ講」)の講師を昔は担当していたらしい。だから「なべつぐのあすなろ数学」の参考書は旺文社から出ているのか、と後に納得した次第である。