アメジローのつれづれ(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。

大学受験参考書を読む(78)石川晶康「考える日本史論述」

全国展開の大手予備校のうち、昔の代々木ゼミナールは講師の実力と個性が看板のウリで、人気講師の個人ブレーを前面に押し出す戦略で一世を風靡(ふうび)していた。「土屋(博映)の古文」とか「西谷(昇二)の英語」とか「出口(汪)の現代文」など。他方、河合塾はそこまで講師個人の人気には頼らず、各人が突出して悪目立ちせずに高校の職員室の雰囲気に通ずるような各人講師の教務的チームプレイで割合、地味にしかし堅実にやっていた。

そういえば、昔はまだ東進ハイスクールはなくて「全国展開の三大予備校」といえば、駿台予備学校と代々木ゼミナールと河合塾で、「生徒の駿台、講師の代ゼミ、机の河合」とか言われてた(笑)。駿台は受講生のレベルが高く、代ゼミは人気講師の看板が強いのがウリで、河合塾は大学の大教室にあるような長机ではなく、高校で使う一人机で校舎設備が整っていた程度の意味である。

河合塾の河合出版から出ている石川晶康「考える日本史論述」(2009年)は、そうした河合塾の、講師の突出した個人人気には頼らず、高校の職員室の雰囲気に通ずるような各講師が協力の教務的チームプレイの堅実さが感じられる日本史論述対策の大学受験参考書である。河合塾に所属の日本史講師4人(石川晶康、神原一郎、桑山弘、溝田正弘)による共著で、「やっぱり河合塾の人たちは和気あいあいとしていて、同僚講師の間で皆さん仲が良いな。『俺が俺が』の自分一人だけが勝って人気カリスマ講師になりたい邪気や、同僚講師をライバル視して追い落とす悪意がなくていいなぁ」みたいな(笑)。河合出版から同様に出ている共著である、竹国友康・前中昭・牧野剛「現代文と格闘する」(2006年)も、「考える日本史論述」に通ずる河合塾講師陣の仲のよさの教務的チームプレイの爽(さわ)やかさを感じさせる好書である。

石川晶康「考える日本史論述」は、最初に「日本史論述へのアプローチ」として日本史論述に臨む際の基本の姿勢・考え方や論述問題パターンの各種分析をなし、続いて実際の入試過去問(東京大学、京都大学、筑波大学、名古屋大学ら)を使っての日本史論述の演習(原始・古代から近現代までの全時代に渡る「論述例題39+参考例題7」を収録)を順次行う構成である。「解説編」では、「問題の要求」「解答プロセス」「解答例」「採点基準(加点要素となる必須の語句と意味内容の提示)」を各問で示す内容になっている。また問題によっては、受験生が書いた明らかな間違い・過不足を含む誤答例の論述答案を掲載し、その誤答案に河合塾の日本史講師である著者らが直にペンで書き込みの直しを入れて添削指導するページもある。

ところで昔、私は大学に籍を置いて、いくつかの高校に教員として日本史と世界史の地歴教科を教えに行っていたことがあった。その際、高校生に受験対策の日本史論述の指導添削をやったことがある。実は日本史論述の添削には方法がある。たた漠然と添削指導するのではなく、以下に挙げるような(1)から(6)の失点ポイントを押さえて指導に臨めば、おそらく誰にでも日本史論述の添削指導は出来る。このことを逆にいえば、論述問題に挑(いど)む受験生の立場からして以下に挙げる(1)から(6)の失点原則を知って、それら失策がないよう事前に逆算回避して論述答案を丁寧に仕上げていけば、また記述完成した後に以下の(1)から(6)の各項目を学生が独力でチェックし事前に修正できれば、少なくとも原理的に誰にでもほぼ満点の完答に近い論述答案を毎回、高い精度で作成できるはずである。

最後に、その論述添削(論述作成)の際の失点判断ポイントの要領を書いておく。

(1)間違い・不正確─(a)語句の選択・使い方の間違いがある。(b)歴史的事実(史実)ではない不正確な記述がある(いわゆる「歴史の捏造(ねつぞう)」)。(c)用語の内容説明が明らかに不正確で間違っている。

(2)書き入れの不十分ないしは余分─(a)採点基準となっている必須の加点要素を過不足なく書き入れていない(人物、事件、法律制度、団体組織、世紀年号、歴史概念、時代背景ら)。(b)設問の要求に正面から直接に答えていない(例えば「原因理由・変化推移・相違」を問う問題なのに、「原因理由・変化推移・相違」が書き入れられていない。それらが論述の中心になっていない)。(c)付属の文章・史料・グラフ、設問の導入文(リード文)を十分に参照・利用していない。(d)設問要求にないこと・問題とは無関係なこと・余計なことを書き入れている。(e)論述考察の範囲が限定的でせまい、もしくは漠然として広すぎる。

(3)論理関係の不適切─(a)論理の飛躍・唐突すぎる展開・記述の前後での明らかな矛盾がある。(b)具体例の選択・説明が不適切か不十分。(c)「歴史的意義」のまとめの抽象化が不適切か不十分。(d)因果関係(原因→結果)の接続具合が不適切。(e)対立例示にて対立観点・対照すべき各項目が正しく対応しておらず、おかしい。

(4)説明不足・誤解される・客観性の不足─(a)言葉が足らず説明不足で記述があいまい。もしくは説明が過剰で繰り返し・重複があり無駄に長い。説明がクドい。(b)書きたいことは分かるが、説明不足で本意が読み手に伝わりにくい。意味がまぎらわしく、別の意味に解釈されて誤解を受けるおそれがある。(c)独善的で独りよがりな論述である(理由説明・具体例の不足、高圧的な論じ方など)。

(5)構成、読後感・説得力の問題─(a)構成がよくない。より字数を省略して制限字数を最大限に使う工夫がない(密度が高い・中身が濃い・意味のある論述作成のすすめ。「そして」「しかし」の接続詞で字数を無駄にロスしない。接続詞使用の禁止など)。(b)内容を、より効果的に伝える全体構成改善のアドバイスの余地がある(議論の順序を変えるなど)。(c)具体記述と抽象記述とのバランスが悪い(特に具体例・歴史事実の具体記述ばかりで「歴史的意義」ら抽象考察のまとめ記述がないと、取りとめのない幼稚な印象を読み手に与える論述になってしまう)。(d)読み手の採点者によい読後感を与えて、論述全体に説得力をもたせる改善の提案・効果的なアドバイスの余地がある(説得力が出る言葉の選択、具体例を散漫に挙げずに厳選して集約する構成など)。

(6)その他の不適切─(a)誤字・脱字がある。(b)「です・ます」調、話し言葉を用いている。(c)重複表現や「主語と述語のねじれ」など、日本語文法上での間違いがある。(d)制限字数の9割以上書いていない、もしくは字数オーバーしている(論述字数の不足と超過)。(e)社会的常識からして明らかに不適切な内容がある─差別や暴力を容認・助長するもの。非人道的発言(人権・個人の権利の否定、他国・他民族への中傷・ヘイトなど)。時事的な政治発言(例えば、近現代史における日本の戦争責任、現今の憲法改正の是非、中国共産党への評価、北朝鮮問題への言及など)。個人の素朴な感想。特定の宗教・党派に基づく歴史観や政治信条の披露。