アメジローのつれづれ(集成)

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大学受験参考書を読む(25)川戸昌 二宮加美「近代文語文問題演習」

大学入試の国語で近代文語文を出題する大学が少数ながらあり、しかしながら標準的な高校の国語授業のカリキュラムに近代文語文はなく、また受験対策指導の補講も高校では準備されないケースが多いため、予備校によっては特別に「近代文語文演習」の対策講座を設置し、近代文語文が出題される大学の進学希望者に向けた指導を行う場合があるようだ。

駿台文庫、川戸昌・二宮加美「近代文語文問題演習」(2009年)は、予備校に通えない文語文対策が必要な大学受験生の自宅独習用、ないしは予備校での講義を受けた後に実戦演習を重ねるために近代文語文の入試過去問を集めて解説した数少ない文語文対策の大学受験参考書である。

近代文語文というのは表現表記としては漢文書き下し文の文語で最初から返り読みなくスラスラと読めるので、古文や漢文の読解と違い比較的読みやすい国語だと思う。また内容に関しても近代文語文は主に明治以降に書かれた文で、文明論、政治論、文芸論など文章の性質として書き手の主張がはっきりしたものが多く、構成が「筆者の抽象的主張とその抽象的主張に即した具体例提示」のワンセットになっており、「抽象主張から具体例」もしくは「具体例から抽象主張」の論理展開パターンをとる場合がほとんどなため、これまた分かりやすい。近代文語文というのは表記と内容ともに「これほど論理的で分かりやすい筋道通った明解な日本文学が、かつて以前、そしてこれ以降も日本文学史においてあっただろうか」と感嘆されるべきものだ。少なくとも私の近代文語文読後の感慨として。

本書に収録の近代文語文の大学入試過去問、出典の書き手を挙げてみると、森鴎外、西周、福沢諭吉、幸田露伴、坪内逍遙、徳冨蘆花、中江兆民、永井荷風、夏目漱石、山田孝雄となる。そして近代文語文はそもそも総体的には易しいが、本書収録の文語文に関しては、その中でも書き手によって意味が分かりやすい相当に易しいものと、時に意味が分かりにくいやや難しいものとの二極に分類できるように思う。それで作問する各大学も、やや難しい文語文の場合、設問は普通だが、非常に易しい文語文の場合には「さすがに受験生のほとんどが容易に読めてしまう」の危惧が働いて課題の文語文が易しい分、代わりに設問の正誤選択肢で相当にひねって混乱させるような微妙なものを作り結果、皆が完答できず受験生間の得点に自然に差がつくよう工夫されている。

前者の易しい文語文の典型なら、福沢諭吉、中江兆民、夏目漱石あたりであるし、後者の難しい文語文の典型なら、西周、森鴎外、幸田露伴あたりだ。相当に易しい文語文の典型を書く人達は、もちろん当人の元よりの人間的資質もあるが、彼らが誰に向けて書いているか読者層の想定、そのことへの意識由来による。例えば福沢諭吉は一般国民に向けて幅広く書く、まさに福沢は明治初期からの国民大啓蒙時代の思想家であり、難解学問よりも日用実学を奨励の「学問のすすめ」な書き手なため彼が記述する文語文は非常に分かりやすい。中江兆民も自由民権運動の理論的支柱の思想家であって、民権論の紹介思想書や新聞評論を執筆の経歴持ち主であり、士族民権、豪農民権、困窮農民騒動、大同団結ら、その都度、一般民衆に向けて幅広く文章を書くため分かりやすい。また兆民は漢学儒学の素養があり、文筆に特に優れた人だったので彼の漢文書き下し文語文は正統であり、美しく簡潔明瞭である。夏目漱石も新聞連載小説の書き手で、幅広い階層の不特定多数の新聞読者に向けて作品を書く近代日本の国民的文学者である。新聞小説創作の手際(てぎわ)、また講演にても難解高尚な話は避け明解な例え話や表現、時にウイットやユーモアあふれる落語調の庶民的語りにて、とにかく分かりやすい言葉で分かりやすい文章を漱石は書く。

他方、やや難しい文語文の典型を書く人達、例えば西周は明治最初期の「啓蒙」思想家、明六社同人であり、しかし後の福沢のように国民大啓蒙路線でなく「明六雑誌」を始めとして読み手がまだ広い層に社会拡散されていない想定のためか、非常に文語的で読みづらい文語文の印象だ。森鴎外や幸田露伴も主題が文芸論で読者が限られ、加えて各人の資質に高尚重厚な文筆嗜好があり、それを捨てきれていない、広い階層の読み手に分かりやすく伝える文章記述に自身を徹しきれていないフシがあり、文語文として言葉遣いや文体、卑近な具体例提示の内容が固く読むのがやや難しい。

このように、ある種の近代文語文が読むのに時に難しく感じられることの主な要因として書き手の資質や嗜好や文章の読み手想定以外にも、古語の古い固い表現の使用、例えば二重否定や反語の多用ら、文語文表記そのもの一般的問題が考えられる。なかでも二重否定と反語の文法事項は特に注意が必要で、二重否定なら最終的に否定なのか肯定なのかの見極めを正確にやらないと結局のところ書き手は二重の否定を経て肯定しているのに全く逆の否定の意味をとって読み誤り、正確な論旨把握が出来なくなる。また反語なら書き手の主張や立場ははっきりしているのに、あえてわざわざ疑問文で読者に尋ねる反語の大袈裟な言い回しに振り回され結果、筆者の本意を適切に見切ることが困難になる事例が考えられる。

これら二重否定と反語の文法問題は大学入試にての近代文語文の問題を解く際に下線部訳や内容把握の設問で頻繁に狙われるし、本書「近代文語文問題演習」でも「文法ポイント 」の項目にて詳しく解説されている。二重否定と反語の文法事項は、近代文語文を正確に読み解く際の大きな「ポイント」であるといえる。

駿台文庫「近代文語文問題演習」は、大学入試過去問にて出題の文語文を明治から昭和まで古いものから新しいものの順に時系列で並べ収録しており、実は簡略な近代日本文学史の体裁にもなっている。本書は、近代文語文が出題される大学に進学希望の大学受験生だけでなく、一般の人が「近代日本文学史」の概略本として読んで問題を解いても十分に楽しめる内容の大学受験参考書である。