アメジローのつれづれ(集成)

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大学受験参考書を読む(87)山口俊治「山口・英文法講義の実況中継」

山口俊治「山口・英文法講義の実況中継」(1985年)を初読の際の衝撃が今でも忘れられない。これは間違いなく大学受験参考書の英語の名著であると思う。高校生の時、部活動の部室に大学進学が決まった卒業を控えた先輩がもう使わない教科書や辞書や受験参考書をそのまま置いていって、後輩は自由にもらってよいことになっていた。その中の一冊にたまたま「山口・英文法講義の実況中継」があり、前知識なく本参考書を読んで私は驚いたのであった。英文法の講義が講義録の口語体で非常に分かりやすく本質的に解説されていたから。

山口「英文法講義の実況中継」は、普段の講義内での雑談やジョークまで全て文字起こしをして活字にし収録した臨場感あふれる分かりやすい講義録体裁がウケて他教科にまで広がる「実況中継」シリーズの画期な大学受験参考書になったが、肝心の「英文法講義」の中身では、氏が「ネクサス」と呼んで解説講義にて常に強調していた「S─P」の主語・述語関係の見極め摘出、山口俊治がいう所の「ここが英語が分かるかどうかの岐路」のヤマが英文法講義の目玉であった。後に山口が語るところによれば、

「受験生に教えていながら、ただ英文の表面だけをとって日本語に置き換えていくのを『英語を読む』ことだと考えて疑わない学生が多いことに気づきました。…そこで、講義中に、学生には耳慣れないネクサス(nexus)という用語と概念を取り入れてみました。…高校のリーディングでも文法でも、そのような視点からの指導は皆無でしたから、学生にはやたらと新鮮で、しかも、わかりやすかったようでした。この言葉を参考書の中で初めて使ってみたのが『英文法講義の実況中継』というわけです」(山口俊治「英語構文全解説・あとがき」2013年)

となるらしい。山口がいう「ネクサス(nexus)」の「S─P」関係の主語・述語の見極めが典型的に現れるのは、例えば第五文型の「S+V+O+C」における「O+C」部分であったり、付帯状況の「with・N+N」にての「N+N」の箇所であったり、分詞構文の従属句の「Ving…」ないしは「Vpp…」の書き出し部分であったりするのである。そして、この「S─P」関係の主語・述語の見極めというのはより具体的に明確にいって「主語が述語に対して能動か受動か」のどちらかの見極めであり、主語が能動の場合は進行形の「Ving…」になるし、主語が受動の場合には過去分詞の「Vpp…」になるわけである。

第五文型の「S+V+O+C」における「O+C」でいえば、例えば「He・heard・the・men・having・an・argument」(彼は男たちが言い争っている声を聞いた)にて、「the・men+having・an・argument」の「O+C」部分は「男たちが(O)言い争っている(C)」の能動の「S─P」関係の主語・述語なのでCは「having・an・argument」の進行形「Ving…」になる。また「He・had・his・decayed・tooth・pulled・out」(彼は虫歯を抜いてもらった)にて、「his・decayed・tooth+pulled・out」の「O+C」部分は「虫歯が(O)抜かれる(C)」の受動の「S─P」関係の主語・述語になっているから今度はCは「pulled・out」の過去分詞の「Vpp…」になるのであった。

同様に、付帯状況の「with・N+N」での「with・her・hands・folded」(彼女は両手を組んで)の場合では、日本語で考えると何ら受動態の要素はないように一見思えるが、「with・N+N」のwith以下の「her・hands+folded」の関係は「彼女の両手が組まれている」の受動の「S─P」関係の主語・述語になっているので、ここでは「folded」の過去分詞の「Vpp…」になる。「with・her・hands・folding」には絶対にならないのであった。

こういった山口がいう所の「ネクサス(nexus)」の「S─P」関係の主語・述語の見極めが、これも山口俊治によれば「ここが英語が分かるかどうかの岐路」のヤマとして英文法講義にて数多くの事例を挙げて、かなり詳しく解説されている。こういう「S─P」関係の主語・述語の見極めは当時、高校の英語の教師は授業で教えてくれなかったからな(怒)。

その他、山口俊治「山口・英文法講義の実況中継」では、比較表現に関する英文法解説が特に優れている。ここで詳しく述べると長くなるからこれ以上書かないけれど、比較表現にて「比較級(…er)+than+(比較基準からして必ず否定的な比較対象)」になるという本参考書での指摘の解説ら、これら文法項目の部分も必読だと思える。

( ※「比較級(…er)+than+(比較基準からして必ず否定的な比較対象)」というのは、例えば「bigger+than」の後に続く比較対象は「big」という比較基準からして必ず否定的な内容のもの、つまりは「大きくないもの(小さいもの)」が来る。「bigger・than・earth」(地球よりも大きい)とか、そんなナンセンス(無意味)なありえない英文は普通に書かれない。「bigger・than・ant」(アリよりも大きい)など、「bigger+than」(…よりも大きい)の後に続く比較対象には「地球」とかの「大きいもの」ではなく、「アリ」などの「大きくないもの」がだいたい来るのである。ここから比較表現には否定の意味が常に含まれていることが分かる。いわゆるクジラ構文、「A・whale・is・no・more・a・fish・than・a・horse・is」(クジラが魚でないのは馬が魚でないのと同じことだ)にて、比較構文に「…でない」の否定の意味が入るのは、「比較表現にてthan以下には比較基準からして必ず否定的な比較対象が来る」の原理に由来している。それにしてもクジラ構文など、こんな文語的で特殊な英語をネイティヴは使わない。クジラ構文が出るのは日本の受験英語くらいであるが(苦笑)。同様に、英熟語「no・more・than」(ただの…にすぎない、わずか…しかない)が否定的な主観表現の意味になるのも、この「比較表現にてthan以下には比較基準からして必ず否定的な比較対象が来る」の原理による)