アメジローのつれづれ(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。

大学受験参考書を読む(32)石井貴士「本当に頭がよくなる1分間勉強法」

(「大学受験参考書を読む」のシリーズだが、今回は大学受験参考書ではなく、例外的に一般の自己啓発本についての書評を載せます。)

私は普段、自己啓発や能力開発や速読術の勉強法の類(たぐ)いの書籍はほとんど読まないのだが、石井貴士「本当に頭がよくなる1分間勉強法」(2008年)は、「本1冊が1分で読める」など、あまりに荒唐無稽なことを表紙や帯に書いてあるのでついつい手が伸びて読んでしまった。

本書では「本1冊が1分で読めるスピード学習法」と「60冊分を1分で復習する右脳学習法」の二つが紹介されている。特に前者について「本1冊が1分で読める」、そんなことが本当に可能なのか!?半信半疑ながら本書を開いて読んでみると、「本1冊を1分で読む方法」は138ページから具体的に説明されている。「いいですか?お教えしますよ」。著者も、なかなかもったいつける(笑)。「そのスキルとは、一瞬で感覚的に感じ取る(場の空気をよんだり、場の状況をよんだり、相手の状態を直感でよんだり)という、人間がそもそももっている能力を使うのです。…よくあの人は人の心をよむのがうまいとか、キーパーがシュートのコースをよむとかの、いわゆる、よむ、感じ取る能力を本に生かすのです」(138・139ページ)。「見開き2ページを1秒で見た瞬間に、直感でリーディングしてよみとれた情報こそ、実は、もっとも価値のある情報なのです」(143ページ)。だから「文字を読もうとしてはいけない」「大切なのは内容を理解しようとしないこと」(151ページ)。つまり「人間の直感は重要な部分に反応するようにできてい」るので、「実は0.5秒でただページをめくるだけということが、ワンミニッツ・リーディングにおいては究極のノウハウなのです」(166・172ページ)。

正直、これは参った。「本1冊を1分で読む」という場合の「読む」を「場の空気をよむ」「相手の状態を直感でよむ」の「よむ」にわざとズラして置き換えて、文字を読まずに一瞬で感覚的に感じ取る人間の直感本能に頼って1ページを0.5秒でひたすらめくることの読書指南だ。確かに1ページを0.5秒でめくっていけば、形式的には「本1冊が1分で読める」ことにはなる。かなりの荒業だ。というより明らかに詐欺、ペテンな気がする。「本を読む=空気をよむ」、それはダジャレではないのか(笑)。ここでまず「これはイタい、この本は詐欺だ」と思えてくる。

人間は膨大な情報をいっぺんに与えられた場合、とりあえず既知なものを優先的に拾って、未知なものや分からない事柄は捨象して自身の安定を保とうとする「認識の防衛本能」が働くから、文字を読んで内容を理解するのではなく人間の直感本能に頼って本の印象、空気、雰囲気を「よむ」、それでも「人間の直感は重要な部分に反応するようにできているので大丈夫」といったことには、おそらくはならない。この方法でいけば、ページをめくって自分が既知な内容部分だけを拾い、再確認して1分間で本を1冊めくる作業が終了するだけだ。この意味において、後者の「60冊分を1分で復習する右脳学習法」の既知な項目確認の復習法には知識記憶定着の一定の理があり、成果は見込めそうではある。だがしかし、自身が全く分からない未知な分野を新たに知ろうとし勉強する目的で本を手に取る人には、感覚の本能で大切なことを1ページ0.5秒のうちに感じ取る、つまりは場の空気をよんだり相手の状態を直感でよむという「よみ」では、到底内容を理解して自分のものにすることなどできないだろう。

しかしながら著者はどこまでも強気だ。「文字を読もうとしてはいけない」「一瞬で感覚的に感じ取るという、人間がそもそももっている能力を使う」という1分間リーディングの「よみ」方を力説した上で、「Don't think,feel!」(考えるんじゃない、感じるんだ!)、ブルース・リーの名言を引用する(笑)。ブルース・リーのジークンドーとは明らかに引用の力点が違うような気がする。ここまで来ると、著者は「1分間読書法」を最良の方法と本気で信じきって完全善意で勧めているのか、半分は詐欺で確信犯的にやって悪意が混じり、さらにワル乗りしてブルース・リーの引用などをしてフザけているのか彼の本意が分からなくなる。

あと、福沢諭吉の「学問のすすめ」(1880年)を引用した箇所もある(197ページ)。「とにかく人間は徹底しなければダメです。もし徹底することができなければ、普通の人間です」。これは現代訳をして、さらに意訳して分かりやすくした文章だと思うが、本当に福沢はこんなことを書いているのか!?私は福沢諭吉の著作をよく読むが、「学問のすすめ」にこのような文章があって実際に読んだ記憶がない。「学問のすすめ」の第何編にこの文章があるのか、ぜひとも教えてもらいたい。

著者にも毎日の生活の支払いとか養うべき家族とか老後の人生設計のための貯蓄とか様々な事情があると思うので同情はするが、しかし、それにしても「本1冊が1分で読める」の「読む」の意味をダジャレのような言葉遊びでズラして置き換えて、あのようなキワどいスレスレな方法で「1分間読書法」と言って本を出して、たくさん売って手っ取り早くお金を稼ぐ。あげくは「1分間勉強法」の著者が主催の集中セミナーに参加した体験者の感謝と絶賛の声を各章ごとに何度も入れて、「人としてどうなのか」という思いが正直、私には残る。

結局、この著者は「本当に頭がよくなる1分間勉強法」という書籍を売る以外に、この本の読者からさらに自分が主催の週末セミナーや泊りがけの勉強会に人を集め参加誘導して、それで荒利益を上げたい人なのだと思う。だから「本当に頭がよくなる1分間勉強法」に、しつこく掲載されているセミナー参加者の体験談では、やたらと「あの時に教えてもらった方法を今でも続けてます、ばっちり効果ありました」というような「1分間勉強法」本に掲載されている以外の特別で必殺な速読法や勉強法の秘法(?)が実はまだあって、それはさらにお金を払ってセミナーに参加した人しか知ることができないし、手に入れられないとする非常に思わせぶりで巧妙な勧誘・誘導の手口になっている。

速読法や勉強法のセミナーで生徒を集める一般的起業モデルならば、まずセミナーが主商品で、そこでの参加費が主な売り上げだからセミナーや勉強会に多くの人を誘導するためにパンフレットやチラシ広告は、会社自らがある程度の出費を覚悟してとにかく人を集める。そういう出費は広告広報費としてセミナー主催側には折り込み済みの必要経費である。しかしながら「本当に頭がよくなる1分間勉強法」の著者は、普通は主催企業側は自費で、かなりの経費の出費を覚悟で生徒集めのパンフなどの広告を打つのに、この人は中経出版から「本当に頭がよくなる1分間勉強法」という本を出し、多くの人がこの本にお金を支払って購入して本購入をきっかけにさらに「1分間勉強法」のセミナーに参加した人も、そこそこいるはずだ。つまりはセミナー勧誘の広報広告の出費なく、逆にむしろ広告を打っているのに書籍の売り上げ印税で儲けて、しかもセミナー本体で生徒を集めてさらに収益がプラスである。

今の高度資本主義の世の中、いろいろ考えれば手っ取り早く楽して金儲けの方法は簡単だ。ただし特に勉強法や速読法、自己啓発や能力開発のメソッド云々で実態がつかみにくい分野のものに関し、「果たして、こういうものを本当に商品として客に売ってよいのか」の倫理的自己検閲規制や罪悪感のモードや良心のプライド制御が働かなければ、会社の利益アップや金儲けは実に簡単である。

結局、そうした「本1冊を1分で読む」山師の方法に安易に飛びつかず、また「本当に頭がよくなる1分間勉強法」をきっかけにセミナー参加をして余計な出費を重ねたりせず、やはり一字一句を丁寧に追って内容を理解し時間をかけて苦労して、しっかり書物と向き合って真っ当で堅実に読書したほうがよい。その方が一見は遠回りに見えるが、実は最短で確実な読書法だと私には思える。