アメジローのつれづれ(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。

大学受験参考書を読む(40)有坂誠人「例の方法」

以前に、代々木ゼミナールに出講していた現代文講師、有坂誠人による「例の方法」というのがあった。課題現代文を読んで内容を理解しなくてもよい、事務的で形式的な作業をやるだけで正解が導き出せるという究極の「方法」である。有坂によれば、「あまりにも恐ろしいものをよく『例のもの』と言います。『例の方法』とはそういう意味です」というように、「例の方法」とは「あまりに恐ろしい究極の最終手段」のニュアンスを持つ、ある意味「究極の方法」である。

私は有坂誠人の予備校での「例の方法」の講義を実際に受講したことはない。よって以下、有坂誠人が執筆の「例の方法」(1987年)と「例の方法・Part2」(1988年)の大学受験参考書を読んでの書評になるのだが、最初に確認しておきたいことは、どうやら世間では有坂の「例の方法」といえば「課題文を読まなくても設問の選択肢を見ただけで正解が分かる」という面だけがあまりに強調されすぎて、有坂「例の方法」を胡散臭(うさんくさ)いペテンの方法と一方的に強く非難する人がいる。しかし「例の方法」の参考書を読む限り、「胡散臭いペテンの方法」云々というのは出題形式別(要約記述問題や段落整序問題など)に多くある有坂提唱の「例の方法」の中のごく一部に対する批判でしかないのであって、「例の方法」は決して一つだけではない。「問題文を読まなくても設問の選択肢を見ただけで正解が分かる」客観式の記号選択以外にも、実は様々なバリエーションがある「例の方法」である。なのに有坂の「例の方法」をして、「課題文を読まなくても設問の選択肢を見ただけで正解が分かるとは、正攻法ではない胡散臭い邪道のペテン」などと一方的に酷評するのは、今にして思えば有坂誠人当人に対し何とも気の毒な気も私はする。

課題の現代文を読んで内容を理解しなくてもよい、事務的で形式的な作業遂行だけで正解が導き出せる究極の「例の方法」、その具体的手法として多くある様々なバリエーション・メソッドのうち、ここでは有坂誠人の「例の方法」の根底にある特徴的な考え方と、やはり世間的に有名である、客観式の記号選択において「課題文を読まなくても設問の選択肢を見ただけで正解が分かる」の「例の方法」についてだけ述べてみる。

様々な手法がある「例の方法」の根底にある特徴的な基本の考えはこうだ。有坂いわく、「『例の方法』とは出題者の心理的要素を問題にしたもの」である。例えば択一式問題の場合、選択肢は一つの正解を除いてはすべてが不正解の選択肢である。そして、これら不正解の選択肢が作られるとき、出題者は何を基準にして作っていくか、つまりは、どうやって不正解の選択肢をデッチ上げたか、それを出題者の立場に立って心理的に逆算して考えるのである。出題者は受験生にひと目で正解と見破られないように、正解となんらかのつながりをもたせて、まぎらわしく不正解の誤選択肢を作っていくはずだ。よって、ここが一番大事な勘所(かんどころ)なのだが、最初に必ず正解選択肢がまずあって、その正解選択肢を基本にして出題者は、そこから表現語句の一部を改変したり少しだけ内容をズラして、しかし確実に不適切な誤選択肢になるよう表現や内容を変更・逸脱させた、まぎらわしい誤選択肢を混ぜて受験生を間違いの罠(トラップ)に落とそうとするわけであるから、この誤選択肢の作られ方を逆算すれば、最初から一つだけある正解の選択肢は、他の選択肢すべてと相当に強い共通や対照の関連性を持つことになる。つまりは、各選択肢相互の共通や対照の関連を探していき、全ての選択肢と出来るだけ多くの関連性を持つ選択肢が最初からあった正解選択肢と原理的に判断できることになる。

どうですか、分かりますか。分からない人にはよくよく、じっくり考えてもらうとして(笑)、以上が本文の課題現代文を読まなくても設問の選択肢だけを見て「各選択肢相互の共通や対照の関連を探していき、全ての選択肢と出来るだけ多くの関連性を持つ選択肢が正解」だと分かる仕組みの「例の方法」の概要である。そして、各選択肢相互の共通や対照の関連性を探すための前提作業として、それぞれの選択肢に対して「例の方法・5つの作業」を必ず遂行するよう有坂誠人は指導する。有坂が奨励する「5つの作業」とは以下だ。また氏は、この「5つの作業」を設問選択肢だけでなく、課題文中の傍線部や空欄前後、時には課題文全体にもやるよう勧めている。

(1)同語(同じ言葉)、同義語(同じ意味の言葉)、同義文(同じ意味の文章)を全てチェックする。(2)反意語、反意文、縁語(例えば、川・水・船・波など)を全てチェックする。(3)プラスイメージの言葉・主張、筆者の主張に近づこうとする言葉と、マイナスイメージの言葉・主張、筆者の主張から遠ざかろうとする言葉、完了形表現(「してしまった」)をそれぞれチェックする。(4)文章中の余計な言葉(味つけ語)を取り除いて主部・目的部・述部だけの単純な骨格だけにする。特に長い選択肢や本文中の傍線部に対し必ずやる。(5)否定語(「ない」「ず」「不」「ありません」など)、接続語(順接か逆説か)、強調語・限定語・主張語(「こそ」「だけ」「べき」「当然」「必要」など)、係助詞(「も」)、指示語(「これ」「こういう」「それ」「あの」など)、数詞(「第一に」「二つ」「最初に」「終りに」など)を全てチェックする。

言うまでもなく、この「5つの作業」は課題文を読まずに選択肢を見ただけで正解を見極める「各選択肢相互の関係や共通・対照を探す」ための前提作業なのであるから、「5つの作業」にてチェックした5つの観点を指標にして各選択肢同士の関連共通の度合いを探るべきとする。さらに、これら「5つの作業」にて得られた指標以外にも、ルビ(ふりがな)がある難解漢字、独特な言い回しの語尾や「意味ありげな」雰囲気(?)の有無も相互の共通性や対照性の関連を見定める指標になる、としている。

「例の方法」の根底にある特徴的な考え方は、出題者の心理的要素を推測し、問題作成の手順を逆算することである。「例の方法」において、もっぱら検討するのは出題者の作問の際の心理や問題作成作業の手順であるから、課題文を何ら詳しく読む必要はない。ゆえに「課題現代文を読んで内容を理解しなくてもよい。事務的で形式的な作業をやるだけでけで正解が導き出せる」のであった。「どんな出題者でも、最初に正解を作る。これは当然のことだ。次に、その正解を源(みなもと)として、できるだけ正解とまぎらわしい形で不正解を作っていく、というのが順序だ」と述べて出題者の作問の手順を見抜く有坂誠人は、「さすがにプロの予備校講師だ。優れた着眼であり鋭い眼力だ」と私は感心する。

ただ昔から「例の方法」の弱点として、よく指摘されるように、そもそも罠(トラップ)の誤選択肢を作り出す際に「正解となんらかのつながりをもたせて、まぎらわしく不正解の誤選択肢を作っていく」手順で作成された客観式の問題でなければ、この「例の方法」は通用しないわけである。仮に出題者が有坂の「例の方法」を知っていて、関連性の有無の「まぎらわしさ」以外の全くの別発想の別視点から誤選択肢を作り混ぜられた場合には対応できない。

「課題文を読まなくても設問の選択肢を見ただけで正解が分かる」以外にも、実は様々なバリエーションがある「例の方法」である。しかも現代文だけでなく、古文・漢文や英語のテストにも適用できると有坂誠人は言うが、他のバリエーションの「例の方法」を見るにつけ、相当に怪しくて胡散臭いペテンにスレスレの山師の方法も少なからず混じっており、有坂提唱の「例の方法」には確かに使える有用なものもあるが、玉石混交(ぎょくせきこんこう)といった残念な感想を正直、私は持つ。

例えば、その他の「例の方法」として、「暗いイメージの選択肢ほどあやしい。人生的な暗さ、哲学的な嘆き、悩み、不安、苦悩に結びつく選択肢ほど、正解である可能性が高い(大学入試で出題される現代文は暗さのあるものがテーマになることが多いから)」や、「2個以上の複数選択問題では選択肢1は正解でない(この設問形式では出題者の心理的傾向からして最初の選択肢は、圧倒的に不正解になりやすい)」がある。これらは「馬鹿野郎!大学入試の現代文でも前向きで明るい建設的な評論論旨や筆者の主張や論述文章もあるよ」とか、「嘘をつくな!俺は入試過去問の複数選択問題で選択肢1が正解だった問題を何度も見たことがある」で、「金返せ!この野郎」のヤジが飛ぶレベルのくだらない「方法」だ。

さらに記号選択の客観式問題以外にも、傍線解釈や内容要約の記述式問題にも対応できる「例の方法」もあるし、空欄補充や段落並べ替えや一文挿入問題を解ける「例の方法」も、有坂の参考書には実践演習を交え詳しく解説されてある。しかし、それらはいずれも客観式の記号選択問題に適用の「例の方法」ほど明解ではなく、また正解にたどり着ける正答率の効果も甚だ怪しく、しかも課題文の内容を理解して読まなくてはよい代わりに事前にやるべき事務的作業が非常に細かく、かなりの負担を強いられる面倒な「例の方法」である。少なくとも私はそのように感じた。「いっそのこと真面目に現代文の受験勉強をやって読解力をつけて、まっとうに正攻法で問題を解いた方が手っ取り早いのでは」と思わずにはいられない。確かに一部感心させられる使える「方法」もあるにはあるが、もし私が受験生だったら「例の方法」はやらない。むしろ、まっとうに受験勉強に励んで正攻法で現代文入試に臨むだろう。その方が着実に早道だと思える。そういった私の結論である。

最後に「課題文を読まなくても設問の選択肢を見ただけで正解が分かる」方法について、有坂誠人「例の方法」の著書に実際に記載されている実践演習の問題解説のくだりを参考までに載せておく。例えば以下のような選択肢群が設問中にあるとして、「a・具体的、b・社会的、c・抽象的、d・現象的、f・意識的」

「aとcがそれぞれ反意語の関係にあることはすぐにわかるだろう。どうもaかcが答えらしい。ではaとcのどっちだ。aとc以外の選択肢はaとcのどっちを見ながらデッチ上げられただろうかと考えてみる。fの『意識的』はaの『具体的』よりはcの『抽象的』のほうがイメージ的に近い。さらに、dの『現象的』はcの『抽象的』と視覚的・音感的に似ている。このように見ていくと、どうも、この選択肢群は、cを中心に作られたのではないか、ということが見えてくる。つまり正解はcだ」