アメジローのつれづれ(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。

再読 横溝正史(16)「悪魔の設計図」

横溝正史「悪魔の設計図」(1938年)は、私立探偵・金田一耕助ではなく名探偵・由利麟太郎と助手・三津木俊助が活躍する話であり、まずタイトルのインパクトがよい。

内容は「奇怪な遺言状」をめぐる殺人に関するもので、「悪魔の設計図」における「悪魔」とは誰か、なにゆえ彼は「悪魔」なのか、本編を読むと分かる周到な仕掛けになっている。「悪魔の正体」に関しては、作中の由利先生と共に読者も一度は騙(だま)されるといった所か。同様に「設計図」とは具体的に何を指すのか、これまた本編を読む過程にて「なるほど」と了解できる。

「庭の隅にそそり立つ欅(けやき)の大木に、ま新しいセメントでギッチリ充填(じゅうてん)された洞がある。そこには一握りの長い髪が生え出し、冷たい秋風にバサリバサリと揺れていた。すぐに発掘が始まり、やがてそこから女のまっ白な脛(すね)が…。旅芝居の役者殺しを皮切りに、たて続けに殺人が起きた。事件解決に乗り出した名探偵・由利先生と三津木俊助は、被害者が一様に或る大富豪の隠し子である事実をつきとめた。だがその時、最後の遺産相続人である盲目の娘に、残忍な犯人の魔の手が!」(角川文庫版、表紙カバー裏解説)

「悪魔の設計図」は角川文庫版、毎度の杉本一文による表紙カバーが絶品だ。本作では殺人事件に巻き込まれる人物たちに出生時より「悪魔」から皆、肩腕に水仙(すいせん)の刺青(いれずみ)が彫られてあるという趣向なのだが、杉本の「悪魔の設計図」のカバーイラストを見ると確かに女性の肩腕に水仙の刺青がある。このあたり、横溝の探偵小説内容を踏まえ表紙イラストにも反映させる杉本の手並みが実に心憎い。横溝の他作品にても、同角川文庫「悪魔が来りて笛を吹く」(1953年)での「悪魔」の指の本数を杉本一文は小説内容を踏まえて細かに描いている。私は「悪魔が来りて笛を吹く」の杉本カバーイラストを見ると、いつも指のところに目が行って「なるほどな」と独り勝手に納得してしまう(笑)。「悪魔が来りて笛を吹く」以外にも、「真珠郎」(1937年)や「女が見ていた」(1949年)や「仮面舞踏会」(1974年)など杉本表紙イラストは、じっくり見ると犯人明かしの「ネタばれ」になっていることが案外よくある。

杉本一文が角川文庫の横溝正史全集の表紙カバーの仕事を引き受けた時は20代30代のまだ若手で、しかし出版元の角川書店からも原作者の横溝正史からも「こういう感じで描いてほしい」事前の図案指示も、カバー絵完成後の事後の書き直しクレームもほとんどなく比較的寛容で自由に描かせてもらった旨を後に杉本自身が述べている。昔の角川文庫の横溝集は、角川から「もっとたくさん売れるように」と同一作品でも版を重ねるごとに違う表紙絵を描くよう要請され、同じ横溝作品でも版が異なると表紙の杉本イラストも異なる。それで杉本一文は当時、角川書店からの表紙絵仕事が多く、1日1枚ペースで書き上げて大変だったらしい。