アメジローのつれづれ(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。

再読 横溝正史(32)「殺人鬼」

横溝正史「殺人鬼」(1948年)は金田一耕助が登場する金田一シリーズの初期短編であり、「殺人鬼」という大してひねりのない凡庸タイトルに不思議と符合するかのように「いかにもな探偵小説の基本の型。探偵小説とは、このように書くものだ」の見本の典型話の印象が私には強い。

敗戦直後に執筆連載されたもので、話の設定も敗戦後の世相の混乱、当時の人々の人心荒廃、戦地への軍事動員(出征)とその後の復員の悲劇を踏まえたものとなっている。しかし、そうした敗戦後の社会色が強い話ながら、昨今のストーカー殺人を連想させる現代風なストーリーでもある。

横溝正史「殺人鬼」のおおよその、あらすじはこうだ。

6人もの女性を殺した連続「殺人鬼」が世間で騒がれているある晩、会合で帰りが遅くなった推理作家の八代竜介は、駅から吉祥寺の家に向う途中、美しい女性から家の近くまで同道を頼まれる。八代は夜道の一人歩きは不安だということで、その女性を自宅まで送り届けるが、彼女は「殺人鬼」を連想させる黒い外套と黒眼鏡に義足を付けた男に後をつけられていたようだった。その一週間ほど後の夕方、八代の家にその女性、加奈子が飛び込んできた。義足の男に付きまとわれたのだという。加奈子が語るには、義足の男は出征前に一晩だけ共に過ごした彼女の戸籍上の夫・亀井淳吉だという。亀井の出征後、加奈子は空襲で家を焼かれ、亀井の親戚筋の賀川家に世話になるうちに亀井のいとこの賀川達哉と恋仲になり、二人で大阪から東京に出て事実上の夫婦となった。やがて終戦後、復員した亀井は加奈子を探し当て復縁を迫ったが、加奈子が拒否したため、それ以来、亀井は加奈子を付け回し始めたというのである。そして数日後、加奈子は襲われ夫の賀川は何者かに惨殺されていた。記述は、探偵小説家たる主人公の八代竜介を語り手としてストーリーが進行する。私立探偵の金田一耕助は話の後半で出てくる。

本作の読み所は数多い登場人物のなかで誰が本当の「殺人鬼」であるか、ということだ。前述のように「いかにもな探偵小説の基本の型。探偵小説とは、このように書くものだの見本の典型話の印象」であり、およそ探偵小説を読み慣れている人ならば初読時でも前半の中途で誰が「殺人鬼」の真犯人であり事件の黒幕か、だいたい分かる(笑)。「殺人鬼」は黒い外套と黒眼鏡という半(なか)ば変装完了の風貌で、いつも義足のコトコトという無気味な足音を響かせながら毎度、これ見よがしに目立って派手に登場するのであった。

そうした「殺人鬼」の容姿と服装は、本文中の横溝の記述を引用すると以下の通りである。

「その男は黒い帽子をかぶり黒い眼鏡をかけていた。それから黒い外套(がいとう)を着て、なんの木だか知らないけれど、太いステッキをついていた。片脚が義足らしく、歩くたびにコトコトと無気味な音を立てた」

この描写記述と角川文庫版の杉本一文の表紙カバーイラストとを引き比べて見ると面白い。おそらく杉本は横溝の小説を読み、作中の「殺人鬼」の文章を踏まえて相当に正確に「殺人鬼」の風貌をカバー絵に描いているに違いない。