アメジローのつれづれ(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。

大学受験参考書を読む(54)前田和貞「前田の物理」

私の高校では物理の教科に関して、明らかに物理が得意で物理ができる人と、あまり物理が得意ではなく、どちらかと言えば物理が苦手で物理に手を焼いている人との両極に分かれていた。前者の明らかに物理が得意で物理ができる人は、駿台文庫の坂間勇「大学入試必修物理」上下(1979、1980年)や山本義隆「新・物理入門」(2004年)の昔の版のものをよくやっていて、大学受験の物理に関しては「駿台フリークの駿台学派」のようなところがあった。

かたや私は後者の比較的物理が苦手な物理に手を焼いている学生の典型だったので(笑)、そうした駿台予備学校の物理科の坂間勇や山本義隆の参考書には手を出さず、代々木ゼミナールの前田和貞「前田の物理」上下巻(1995年)の昔の版を所有し、割かし地道に物理の勉強をしていた。当時、代ゼミの「前田の物理」をやっている、大学受験の物理に関して「代ゼミの前田派」であった人は私の周りでは意外に少数であったように思う。

私は地方都市のその地域では大学進学実績がそこそこ良い「上位校」といわれる県立高校に一応は通ってはいたが、そこでの数学のカリキュラムは高校1年で数Ⅰをやり、高校2年で基礎解析と代数幾何をやり、高校3年で微分積分と確率統計をやっていた。そして理科に関しては高校1年で理科Ⅰをやり、高校2年から物理と化学と生物からの選択になっていた。だから物理を本格的に学習するようになるのは高校2年になってからで、高2で力学から物理をやり始めるのだが、高2の時点でまだ数学の微分積分を習っていないから私は高校物理で微分方程式を用いての解法解説など、説明されても皆目わからなかった。

ところが、坂間師や山本師の駿台の物理科の講師が執筆の参考書は高校生がやる大学入試の物理であるにもかかかわらず、微分方程式を派手に使うような物理で、今考えても不思議であるけれど、物理が得意で物理ができる私の同級の友人は独学で微分積分をすでに習得していたのか、駿台文庫の坂間「大学入試必修物理」や山本「物理入門」をやり、大学入試物理に関して「駿台フリークの駿台学派」ぶりを発揮していて、高校生時分に私は非常に驚いた記憶がある。坂間勇「大学入試必修物理」や山本義隆「新・物理入門」は、入試問題を単に解くだけでなく、より美しく華麗に(?)かつ本質直解で効率的な解法へ導くような、高校生レベルにしては相当に高度な物理で(当時も今でも少なくとも私にはそう思える)、どちらかといえば理系学部に進学後の大学の学部生がやるような大学初級の物理であるように思う。

そういったわけで私は代ゼミの「前田の物理」を高校時代にやっていたが、前田和貞が執筆の物理参考書は、ハイレベルで物理が分からない生徒をそのまま置き去りにしていく高踏不遜な所がなく、物理が苦手で分からない学生にも、あの目玉が不気味な(笑)、特徴あるイラスト解説で分かりやすく一生懸命に教えてくれる熱意が間接講義である参考書の紙面を通して実際に感じられ、私は昔から非常に好感を持っていた。「相対運動の基礎原理・ジュウバコ法」や「外力の発見法・ナデコツ・ジュー法」など、氏の独自の命名による説明方法のユニークさも物理の勉強を離れた今でもなぜか鮮明に覚えていて後々まで強く印象に残る。

「前田の物理」での著者紹介を読むと、「前都立多摩高等学校教諭。代々木ゼミナール講師歴二十数年。加賀百万石前田家の一族で、当主の従弟にあたる」とある。なるほど「加賀百万石前田家の一族」といった由緒正しい家柄出自の方で、前田和貞に実際にお会いしたり代ゼミでの氏の物理講義を私は受講したことはないが、参考書の書籍を介して前田先生のよい人柄が感じられる。

「前田の物理」は収録問題が少ない割に解説が多く、またページ数も多くて分厚い。本書は、多くの問題をひたすら解いて何となくの慣れで誤魔化(ごまか)すのではなく、よく考えられ厳選された数少ない良問を掘り下げて解いて詳しく解説する「量よりも質」の物理参考書の先駆けであるように思う。前田和貞「前田の物理」上下巻は、学生でなくなった今読み返してみても間違えなく物理の大学受験参考書の名著に思える。