アメジローのつれづれ(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。

特集ルブラン(4)「バーネット探偵社」

モーリス・ルブラン「バーネット探偵社」(1928年)は、「アルセーヌ・リュパン」シリーズの内の一冊で、本作は全八編の各編からなる短編集である。何よりも主人公の私立探偵のバーネットの正体がリュパンなのであり、「怪盗リュパン」こと「バーネット探偵」の活躍を描く本作は、発表時に好評人気で書籍がそこそこに売れたことから以後、ジム・バーネットが主人公の「バーネット探偵」シリーズの長編が数作書かれている。

ルブラン「バーネット探偵社」の概要はこうだ。

「自称『探偵バーネット』とベシュ刑事の奇妙なコンビが次々と事件を解決してゆく連作短編。リュパンの探偵としての手腕と怪盗としての手腕がよく現れたリュパン・シリーズならではの一風変わった探偵小説である。パリの真ん中で『調査無料』との人を食った看板を掲げる『バーネット探偵社』。その社長にして唯一の探偵、ジム・バーネット。彼の正体はアルセーヌ・リュパンである(前書きで作者が明言しているが、本編中では明記されない)。『調査無料』と言いつつ、もっと効率よく関係者の懐から利益を掠(かす)め取るのだ。ベシュ刑事はバーネットの所業を苦々しく思いつつも、その手腕を頼ってたびたびバーネットの探偵社を訪れる事になる」

本作中での探偵ジム・バーネット(すなわちアルセーヌ・リュパン)の人物設定は35歳であり、30代の壮年期に当たるので知力・体力ともに充分で、また年相応の経験余裕から来るウイット(知性・機転)とユーモア(諧謔・皮肉)の洒落っ気もあって収録の各編共に読んでなかなか痛快である。本作所収の各短編は以下の2つの要素から必ずなっている。

(1)事件(殺人、窃盗)に関する物理的ないしは心理的錯覚のトリックを探偵バーネットが暴いていく、事件解決に至る探偵推理の本筋。

(2)「調査無料」の看板を掲げているため、探偵バーネットが事件の犯人や悪徳関係者の金銭ないしは役得を事件解決の「報酬」として毎回、手にする痛快なラスト。

(1)の物理的ないしは心理的錯覚のトリックを探偵バーネットが暴いて事件解決に至る探偵推理の過程は、そのまま通常の探偵小説にある基本のプロットである。本来これだけで精巧に緻密に書き抜けば、それだけで探偵推理の名作になる。だが本作「バーネット探偵社」は、あえて(2)の探偵バーネットが事件の犯人や悪徳関係者の金銭ないしは役得を事件解決の「報酬」として毎回、手にして回収する痛快なラストを必ず付しているのであり、そこが通常の探偵推理の連作短編とは大きく異なる、突出した本作の特徴であって読み所の魅力といえる。やはり各短編ごとに連続して読み重ねて、ラストの「調査無料」を謳(うた)う探偵バーネットが大金・役得の「報酬」をいとも簡単に余裕で手に入れる、ある種の勧善懲悪なウイットやユーモアに富んだ痛快ラストの読後感が相当によいのだ。

これは事件捜査のどさくさにまぎれて金品を横領するなどの卑怯なものではなく、犯人や事件関係者の悪事の弱みを握っているからこそ、懲(こ)らしめの意味で探偵バーネットが「金品」を手にしたり、関係者の皆が見つけられなかった財宝の在り処をバーネットだけが洞察の機転を働かせ発見して早々に頂戴したり、直接に金品を手にしなくとも、盗まれたものを元の持ち主に返す正義の善行の上で、捜査の過程で知り合った美女と最後に親密になる「役得」を探偵のバーネットが得る(相棒のベシュ刑事の元妻と親密になり二人で旅行に出かけ、ベシュが悔しがる結末もある)といった内容にいずれもなっている。こうした善倫理で工夫満載の、読み手が共感支持できる痛快ラストの書きぶりに、さすがはルブランだ!と私は感心する他ない。

ただ難点を言えば、この(2)の要素について、各編における探偵バーネットが大金・役得の「報酬」をいとも軽く余裕で手に入れる、ある種の勧善懲悪なウイットやユーモアに富んだラストのオチを決まって毎回付けるのは、なかなか困難であると思われ、収録短編によっては一読してわかりにくい、明らかに失敗・破綻のラストのオチのパターンも散見される。例えば「バカラの勝負」での最後、探偵バーネットが金銭を事件解決の「報酬」として回収するオチの内容は、まわりくどく説明過多で複雑であり上手く書けているとは到底、思えない。

最後に、各短編の主要を占める(1)の探偵バーネットが殺人や窃盗にて事件解決に導く、物理的ないしは心理的錯覚のトリック類型(パターン)をまとめておこう。

(以下、短編集「バーネット探偵社」の核心トリックに触れた「ネタばれ」です。ルブランの「バーネット探偵社」を未読な方は、これから本作を読む楽しみがなくなりますので、ご注意下さい。)    

「水は流れる」は、洗面台の下の排水パイプのなだらかなカーブ部分に宝石ネックレスを隠しておいて、家人が知らずに洗面の蛇口をひねって水を流すたびに宝石が流れて徐々に紛失していく復讐装置の形成といった「巧妙で意外な隠し場所」に類するトリック。☆「ジョージ王のラブレター」は、窓枠に人物の肖像画をはめ込んで不実の目撃証言を作り、犯人である容疑者が事件発生時に現場にいなかったと第三者に証言させる物質的な「現場不在(アリバイ)証明」のトリック。☆「バカラの勝負」は、殺人発生の直前まで同席した容疑者全員が、たまたま虚偽の証言をして一致してしまう「心理的要素が偽証言を招く」の心的抑圧の原理に類する話。

「金歯の男」は、目撃された犯人の金歯の場所が左右逆であり、鏡に反転して映る物質的錯覚の気付きから犯人が明らかになる「視覚的な鏡の錯覚」トリックに基づく話。☆「十二枚の株券」は、一旦盗んだ株券を同建物に無造作にあった書類かばんの中に隠し、かえって過剰に隠さないことが心理的盲点の絶好の隠し場所になるという「巧妙で意外な隠し場所」のトリック。☆「偶然が奇跡をもたらす」は、絶対に侵入不可能な難攻不落の古城に対し、上空を気球で通過し気球から下ろした縄が天守に引っかかる「偶然の奇跡」を狙って侵入を果たそうとする「密室破り」に通ずるトリック。

「白い手袋・白いゲートル」は盗難の屋敷侵入で家人以外の部外者が不法侵入すればすぐ気づかれるが、家人と同じ服装の「白い手袋・白いゲートル」の目立つ格好なら、屋敷から何度繰り返し外出しても案外、周囲の人は気にも留めないし、つい見過ごしてしまう「人間の思い込み・心理の盲点」を衝(つ)いた話。☆「ベシュ、ジム・バーネットを逮捕」はニセ警官が持ち出し盗んだ将軍家のスキャンダル写真を探すも見つからず。最後は、ニセ警官の固い(と思われた)警棒の先が空洞の着脱仕掛けになっており、そこに写真を丸めて隠しておいたという結末の「巧妙な隠し場所」のトリック。

モーリス・ルブラン「バーネット探偵社」所収の全八編のうち、愛のない長年の結婚生活に復讐するために夫が夫人の大切にしている宝石ネックレスを、洗面台の下の排水パイプのなだらかなカーブ部分に隠しておいて、夫人が知らずに毎日、洗面の蛇口をひねって水を流すたび宝石が流れて徐々に紛失していく密(ひそ)かな復讐話の「水は流れる」。そして、一旦盗んだ株券を同建物玄関にあった有力国会議員の書類かばんの中に無造作に咄嗟(とっさ)に隠すも、しかし有名代議士の書類かばんは「仕事をするポーズの飾り」のようなもので、政治家はかばんをこれみよがしに持ち歩くけれど、肝心の中の書類を確認し読んだりすることがないので、いつまで経っても盗まれた株券は(探偵バーネット以外に)発見されることがないという、「政治家は格好ばかりで大して仕事をしていない」の強烈な皮肉が効(き)いた「十二枚の株券」。これら二編が収録短編の中では秀作で、特に優れている。