アメジローのつれづれ(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。

大学受験参考書を読む(45)鈴木和裕「一橋大の日本史 15カ年」

一橋大学の二次試験の日本史論述は、一般に難しいといわれる。その難しさの理由は以下のものがあるからだと考えられる。

(1)前近代ではテーマ史がよく出される。前近代のテーマ史では法制史が毎年定番で頻出。通史ではなくて、テーマ史の勉強を事前にしておかないと対応できない。(2)近世(江戸)と近代(明治・大正・昭和)の経済史がよく出る。本百姓体制や寄生地主制、金本位制らの内容理解は必須。(3)近現代の戦後史(1945年以降)が出る。現役高校生は原始・古代の古い時代からからやる学校カリキュラムの都合上、戦後史まで授業が進まず対策が不十分になるおそれがある。(4)近代の労働運動や女性の人権や被差別部落解放運動の歴史についての内容を結構、踏み込んで詳しく聞かれる。こうしたある意味、特殊分野な社会運動史は前もって対策しておかないとなかなか書けない。

私は一橋大学を過去に受験したことはないし、だから一橋大の卒業生でもなければ、一橋対策の日本史論述指導をやる高校教師や予備校講師でもない。ただ以下は、これまで一橋の日本史論述の過去問を遊びで解いてみての私の感慨である。

もともと一橋大学の日本史論述は前近代(古代から近世・江戸まで)と近現代(明治から大正・昭和まで)の内容的には二部構成である。日本史論述は大問が3題で、第1問は前近代、第2・3問は近現代で例年ほぼ固定されている。一橋大学の日本史は前近代よりも近現代の時代に比重を置く試験なのである。

そして前近代では、ある一つの時代の特定の歴史事項よりも、大きな歴史の流れのつながりや変化の推移を聞きたいためか、古代から近世までの複数の時代にまたがるテーマ史の問題になることが多い。また近世(江戸)と近代(明治・大正・昭和)の社会経済史は毎年、本当によく出題される。これには一橋大学の前身が東京商科大学であり、元は経済学専門の商科大学として創立され出発した一橋大学の建学の精神に裏打ちされたものだといえる。

さらに一橋大学といえば、戦時に天皇制ファシズム下で欧米流の自由な学問教育が制限され、例えば大塚金之助という西洋経済史専攻の教授が、自由な発言・執筆が禁じられ国家により治安維持法で検挙・弾圧されていた。そして敗戦後の1945年以降に大塚ら、戦時に弾圧されていた教授陣が復学して後の一橋大の看板学部となる社会学部の新設に至るわけである。そういった大学の歴史的背景があるため、一橋大は近現代の社会・政治に対する関心意識や、国家(政治権力)に対抗する左派リベラルの市民的自由主義の学風が強い。こうしたことから一橋大学の日本史論述では、他大学入試にはあまり見られない天皇制ファシズムの大日本帝国崩壊後の、1945年以降の戦後史を出題したり、近代の労働運動や女性の人権や被差別部落解放運動の歴史に関する割合、踏み込んだ市民的な社会運動史に関する問題が定番頻出なのだと考えられる。

一橋大学の日本史論述で面白いのは、論述問題一問ごとに指定字数があるのではなくて、1つの大問の中にある3つから5つの設問で合計の字数指定になっている所だ。大学入試の論述問題は指定字数の9割以上は必ず書かなけれならないから、つまりは大問の中に問1から問3まで小問がある場合、分からない問題があっても、その論述は1、2行の短い字数で軽く流して、残りの2つの問いの解答記述で多くの字数を使い詳しく書いて全体の指定字数の9割以上を確保すればよいのである。場合によっては3問中、1問の論述しか分からなくても2問は1、2行の短い字数で軽く流し、その分、残りの1問の論述をかなり詳しく書いて字数を稼ぎ結果、全体の指定字数の9割以上に強引にする荒業(あらわざ)も、一橋の日本史論述のような指定字数形式のものならできる。

おそらく採点する大学側も、各問の字数バランスは評価対象にしていない。ゆえに設問ごとに偏(かたよ)って書いても減点対象にはならない(と思われる)。むしろ自分が分からない論述問題は最低限の字数で周到に回避して、その分、書ける問題で全体の指定字数を稼ぐような、そういった機転の効く賢い学生に合格を出して取りたいのだと思う。そうした大学側の出題に際しての意図は一橋大学の日本史論述問題から感じられる。

最後に、教学社の「難関校過去問シリーズ」にて「一橋大の日本史・15カ年」(2015年)の解説と模範解答を執筆の鈴木和裕について。この人は駿台予備学校の日本史科の講師で、どうやら「東大の日本史・25カ年」(2008年)の著者である塚原哲也の同僚で駿台日本史科での後輩に当たる人であるらしい。氏による本書での解説と模範解答は適切であるとは思うが、「高校教科書に記載されておらず、内容を膨らませるのは難しい」「的確な内容が書けていれば、全ての設問を合わせて8割程度の字数が埋まれば十分」など、一橋大学の日本史論述は非常に難しい旨の発言を解説で連発する所が難点か。

確かに、他大学の日本史論述と比べれば一橋大学の論述は難易度が高い。しかし、そこまで極端に異常に難しいというわけでもない。受験勉強のやり方によっては、一橋の日本史論述でも模範解答に限りなく近い内容で制限字数の9割以上は書ける。一橋大学の日本史論述はかなり特徴があるため、過去問研究を前もってやっておけば十分に対応できるし、事前に問題予測でヤマも張れる。入試本番での問題的中も普通にあり得る。前述のように、とりあえず前近代は法制史を中心としたテーマ史、近現代は戦後史と経済史と社会運動史(労働運動、女性の人権、被差別部落解放運動の歴史ら)を優先して学習しておくとよい。

以前に慶應義塾大学に日本史入試があった時代の、慶應の日本史論述ほどには一橋の論述は難しくはない。昔の慶應の日本史論述は相当に難しかったのである。10代の高校生に書かせる大学入試ではなくて、学部を修了してさらに大学院に進学しようとする院生志望の、大学院入試のような高度な試験であった。かつての慶應の大学入試の日本史論述は。

一橋大学の入試にて、二次試験の英語や国語ら他教科が苦手で、その分、地歴科目の日本史で完答を狙って合格点にまで達しようとする戦略の受験生もいるであろうから、「一橋の日本史は非常に難しい」旨の発言を連発せず、また本参考書執筆時には著者も40代で比較的若い予備校講師であるので、妙に萎縮したり変に弱気になることなく、もっと溌剌(はつらつ)と元気よく、あくまでも完答を目指す姿勢で前向きに受験指導しても良いのではないか。鈴木和裕「一橋大の日本史・15カ年」に関し、そのような感想を私は持った。