アメジローのつれづれ(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。

再読 横溝正史(21)「芙蓉屋敷の秘密」

「芙蓉(ふよう)屋敷の秘密」(1930年)は横溝初期の作品であり、横溝正史の初の本格長編である。事件の推理解決に乗り出すのは素人名探偵・都築欣哉(つづき・きんや)であり、都築の友人で小説家の「私」こと那珂省造(なか・しょうぞう)が、事件の発生から捜査の進展や犯人の解明まで探偵の都築に同伴して、その経過を詳細に書き留め読者に語る。都筑と那珂は、あたかもホームズとワトソンの探偵と助手のコンビのようであり、「芙蓉屋敷の秘密」は横溝による日本版シャーロック・ホームズのようでもある。

横溝正史「芙蓉屋敷の秘密」の概要は以下だ。

「夜目にも鮮(あざ)やかに咲きほこる白い芙蓉(ふよう)の花に包まれた石畳を踏みしめながら、巡査は玄関へ入った。人の気配は全く感じられない。暗がりの中をマッチの明かりで探りつつ、彼は問題の部屋に辿(たど)り着いた。手さぐりでスイッチを押すと、バラ色の光が部屋いっぱいに溢(あふ)れる。だが次の瞬間、彼は殴られたような驚愕に打たれた。敷きつめられた派手な模様の絨毯(じゅうたん)の上に、体をくの字に折りまげ、胸から鮮血をしたたらせた女の変死体が。それぞれに複雑な殺人動機を持つ七人の容疑者と、素人名探偵・都築欣哉の対決を描く」

本作タイトル「芙蓉屋敷の秘密」の「芙蓉」(ふよう)とは植物の花の名である。同時に今回の事件にて殺害され宝石強奪にあった、劇団「芙蓉座」の主宰者で元看板女優、白鳥芙蓉の名でもある。彼女が都内の荒れた古い洋館を買い取り、改築して庭いっぱいに芙蓉の木を植えた。それが毎年、花の盛りになると枝いっぱいに美しい白い花をつける。それで白鳥芙蓉の屋敷は付近の人々から「芙蓉屋敷」と呼ばれていたのだった。また事件の重要容疑者らが常連で一同が居合わせるバーが「芙蓉酒場」という符号もある。

白鳥芙蓉は謎に満ちた女である。殺害された白鳥芙蓉の過去を知る者はいない。現在「芙蓉屋敷」に独りで暮らし身近に豊富にある宝石類、三十歳前後の女性の独り身で彼女は、なぜそのような奢侈(しゃし)な生活が出来るのか。白鳥芙蓉の財産の秘密は何か。彼女にはパトロンがいるのか。もしいるなら彼女のパトロンは誰なのか。それこそが「芙蓉屋敷の秘密」であり、謎の女・白鳥芙蓉殺害事件の全貌である。

本作は月刊誌「新青年」に四回連載で、初出掲載時には犯人当ての懸賞をやったらしい。その懸賞問題は、「一、自殺か、他殺か?二、他殺とせば犯人及びその動機は如何?復讐か、強盗か、過失か?三、共犯者はありや?あらば一人か、二人か、三人か?」。だが応募者多数であったにもかかわらず、犯人を言い当てた正解者は当時五人に満たなかったという。前述引用の通り、「それぞれに複雑な殺人動機を持つ七人の容疑者」が作中に出てくる。白鳥芙蓉殺害の動機は七人の容疑者、皆が等質であり、各人が「白鳥芙蓉を殺したい合理的動機」を持っている。動機の点では誰もが犯人でありうる。誰が犯人であってもおかしくはない。よって動機の面以外での、作者の横溝が読者に犯人当ての挑戦を仕掛けるにあたって本文記述にてあらかじめ示され書き手と読み手が共有できる事件の手がかりを元に推理していくしかない。すなわち、事件発生時刻での容疑者七人の現場不在証明(アリバイ)と、本文にて横溝が強調する「死骸に羽織を着せてあったこと」と、「玄関の帽子掛けにかけてあった帽子が奥の八畳の部屋から発見されたこと」の謎の解明や伏線の回収である。この三点を丁寧に読み込んで判断推理すれば、犯人は絞(しぼ)れる。

私は昔「芙蓉屋敷の秘密」を初読の際に作者の横溝に挑む心意気で犯人当てに挑戦しながら読み進めたのだが、有力容疑者七人のうち、先に示したアリバイや「羽織」と「帽子」の不自然な謎の伏線から犯人を二人にまで絞ることができた。辻褄が合うように合理的に考えて犯人は、この二人の内のどちらかでしかあり得ない。しかし、二人の内のどちらが犯人であるか、どうしても最後に判断できなかった。

その上で「答え合わせ」で「芙蓉屋敷の秘密」を結末まで読んでみると、確かにその二人の内の一人を横溝は犯人にしているが、その人物が犯人確定である決定的決め手は、これまでの横溝の記述の中から、ある種の気づきや論理的推理を経て得られるものではない。最後に残った二人の容疑者のうち、その人物を横溝が犯人と確定する決め手は、これまで全く説明のなかった被害者・白鳥芙蓉と犯人との隠された過去の関係によるものであり、横溝は後出しの後付けで事前に読者に提示し共有していない外付けエピソード内容によって最後に決定打の犯人確定をしているのである。これはどう見てもアンフェアな気がする。

最後に残った二人のうち、横溝が本作にて犯人にしていない人物に関しても同様な、これまで説明のなかった被害者・白鳥芙蓉とその容疑者との隠された過去の関係を勝手に創作し後出しの後付けにて、事前に読者に提示し共有していない外付けエピソード内容を強引に付することで仮にもう一人の有力容疑者候補の別の人物が犯人であったとしても、本作「芙蓉屋敷の秘密」の探偵小説は何ら内容的に破綻しないし辻褄が合ってしまうのだ。だから最後に、これまでの本論記述にてのアリバイ確認や謎の解明や伏線の回収にて犯人を合理的に二人にまで絞れた後での、決め手の犯人確定が横溝の恣意的操作による強引な犯人確定になっており、どうしてもフェアプレイでないように思う。

「芙蓉屋敷の秘密」は確かに横溝正史、初の長編探偵小説であり、作者の横溝が読者に向けて犯人当て懸賞を果敢(かかん)に仕掛ける読みごたえある本格推理ではあるが、最後の最後でフェアプレイではない不満が正直、残る。初出連載当時、応募者多数であったにもかかわらず、犯人を言い当てた正解者は五人に満たなかったという結末に、犯人探しに外れた当時の多くの応募読者に少なからずの同情を私は持たざるを得ない。